四半世記

感想文ページ(ネタバレあり)

逆(さかさ)感想 凋叶棕

ヒエラルキーを覆そうとする攻撃的な物語たち。しかしそれは、哀れにも・・・・・・

(CD帯文より)

 

RD-soundsという方の主催する凋叶棕という音楽サークルがコミックマーケット94(2018年夏)に発売する予定で、6月8日に発売された「逆」という東方アレンジアルバムについて

 

 

公式ページ

http://www.rd-sounds.com/c94_seal_inside.html

 

 

逆(さかさ)は、「逆転」をテーマにしたコンセプトアルバム。

東方で逆転をテーマにしたキャラといえば鬼人正邪。ということで彼女が大きくフューチャーされている。公式ページurlの「inside」の部分を「outside」に変えると、正邪のためのページに行くことができる。

他にも、C94の発表日である6月8日に発売されたとか、歌詞カードを真ん中から折り返すと本来の曲順になるとか、正邪の曲だけ曲目リストになくてCD帯文裏に記載されているとか、様々な「逆転」要素がちりばめられている。

 

 

 

曲目は

1. Uprising Ideology vo.めらみぽっぷ

 原曲:リバースイデオロギー東方輝針城

2. ノーモア、エニモア?モアーモア?! vo.めらみぽっぷ

 原曲:永遠の巫女(東方靈異伝

3. ヘクセン・タンツは斯くの如くに 

 原曲:魔女達の舞踏会 ~Megus(秋霜玉

4. 至天 vo.めらみぽっぷ/nayuta

 原曲:クレイジーバックダンサーズ(東方天空璋)

5.  revoke 

 原曲:秘神マターラ ~Hidden Star in All Seasons.(東方天空璋)

6. 『異聞』正義の味方 vo.めらみぽっぷ

 原曲:輝く針の小人続 ~Little Princess(東方輝針城

7. 交響詩「魔帝」より Ⅱ.神話幻想 

 原曲:神話幻想 ~ Infinite Being(東方怪綺談

8. アノインシスター vo.めらみぽっぷ

 原曲:ハルトマンの妖怪少女(東方地霊殿

9. Enslaved 

 原曲:古きユアンシェン(東方神霊廟

10.  話九十九節 vo.めらみぽっぷ/nayuta

 原曲:幻想浄瑠璃東方輝針城

11.  Downfalling Ideology vo.めらみぽっぷ

 原曲:リバースイデオロギー東方輝針城

 

 

7つのボーカル曲のうち4つが輝針城からとなっている。全体からみても11曲中7曲が神霊廟以後からきており、新しめの曲が原曲が多い。

新しいモチーフが多いということは、二次創作の文脈の蓄積も少ないということなので、初心者に優しい。

今回はキャッチーに盛り上がるフレーズも多いので、凋叶棕入りたての人にも強くおすすめできる。

もちろん凋叶棕に慣れてる人は必聴。

 

 

1. Uprising Ideology 

「お前がかつて抱いた感情 それがお前の正義だろう!?」

原曲:リバースイデオロギー東方輝針城

 

 逆というアルバムは鬼人正邪のための一枚である。

ライブナンバーっぽく煽り口上が用意されているけど言い慣れてないっぽい感じが演出されていて微笑ましく思えてしまう。

内容的にはトラック6と11と一体であるといえるため、詳細はそちらに譲る。

強調しておきたいのは、正邪の曲部分は公式ページで「かくも哀れな物語達」と位置付けられていること。

 

 

2. ノーモア、エニモア?モアーモア?!

「もしかして空飛ぶのは、堕ちるときの気持ちよさ—―?」

 原曲:永遠の巫女(東方靈異伝

 

原作でも二次創作でも妖怪たちをしばいてる博麗霊夢のイメージ逆転ソング。

被弾して堕ちていく毎日、そんなのもういやだ?それとももっともっと?

後者の意味でとるとドM巫女という姿がみえてきてしまう。墜ちるではなく堕ちるという文字を使ってるのも性癖を感じる。

 

しかし、ファンタジーっぽく聞こえるこの曲は実は弾幕シューターの日常なのである。

ほとんどのシューターは数えきれない被弾の後にクリアに辿り着くのであり、なんど被弾れても「もっと!もっと!」と求めてしまうのは他ならぬシューターたちなのである。

クリアできなくて「これでいいんじゃない?」(やっぱダメかな、ダメよね・・・?)と葛藤するのもシューターたちのしがない現実。そしてなかには完堕ちしてしまう人も・・・?

 

頭が春なようにみえて現実の厳しさを突きつけてくるシビアな一曲なのである。

 

 

3. ヘクセン・タンツは斯くの如くに

原曲:魔女達の舞踏会 ~Megus(秋霜玉

 

西方projectの秋霜玉という作品に魔理沙霊夢とともにゲスト出演したExステージのテーマ曲が原曲。

ヘクセン・タンツは魔女の舞踏会をドイツ語にしたものと思われる。

 

このアレンジはかなり原曲に忠実である。

原曲はそこはかとない魔女っぽさがあるのだけれど、魔理沙本人にはあまりない。だから、原曲に忠実にするほど魔理沙っぽくなくなっていく。

そこが逆転要素の一つなのだと思ったり。

 

 ちなみに凋叶棕楽曲では魔理沙の魔女イメージはマッドパーティー(綴・改)で開拓されている。

 

 

4. 至天

「人の魂の器の弱さよ その為に今 われらがある!」

原曲:クレイジーバックダンサーズ(東方天空璋)

 

クレイジーバックダンサーズは天空璋5面ボスである爾子田里乃と丁礼田舞のボス戦BGMである。

このバックダンサーズである二童子は天空璋のラスボスである摩多羅隠岐奈の部下であり、魔力によって使役されている支配関係がある。バックダンサーズ隠岐奈の魔力によって人間でなくなり、隠岐奈の意のままに踊る存在である。

この二人の設定は結構凄惨にみえて東方では重い設定に入る。

 

この曲はその設定を逆転させて、この二童子が主を選別するような歌詞になっている。

我らがなにもかも捧げるから血も肉も骨も心も魂も失ってもその座にすすみ偉大なるものであれ、と。

これぞまさに信仰の本質というか、人が神になることの恐ろしさが描かれていると思う。風神録星蓮船神霊廟の宗教三部作でなく天空璋からこの内容の曲が出てくるという意味で。

 

音的な感想としては、ツインボーカルの凄まじさが際立っている。自分で歌ったら喉が潰れるんじゃないかという部分があるのだけど、そこで二人の声がピッタリ合っている。

その他の部分は畳みかけるように被せる歌い方なので、その超高音部分が映えるのだ。

あと「さあ さあ さあさあ!!」のひとつずつ声色が違うところもすごく好き。

アルバムの中からクオリティの高さで選ぶならこの一曲になると思う。

 

 

5. Revoke

原曲:秘神マターラ ~Hidden Star in All Seasons.(東方天空璋)

 

前曲を受けての天空璋のラスボスである摩多羅隠岐奈のインスト。

隠岐奈は東方史上初の6面とExボス単独兼任なので、テーマソングも二つある。そのなかでExのテーマである秘神マターラを選んできた意味とは。

Exのほうが隠岐奈の真の姿を表しているということになっている。混沌とした神の姿の集合体、ひとつの確固たる独立の存在でなく。

それは二童子の献身を失えば、取り消し(Revoke)されてしまえば力は失うということだろうか。

しかし一方で、天空璋では隠岐奈は二童子の後継者を探していたのであり、隠岐奈が二人に与えた力を取り消すという意味にもとらえられる。前曲を踏まえるとこの方向も逆転要素がある。

どちらがいいでしょうかね。

 

 

6. 『異聞』正義の味方

「嗚呼、何故!何故かと訊いたのか? 己見下げる影よ。何故“道具”が意義を問う」

原曲:輝く針の小人続 ~Little Princess(東方輝針城

 

この曲は四次創作ともいうべき背景がある。

まず、東方輝針城が大元である。下剋上をたくらむ天邪鬼である鬼人正邪が、小人族の姫である少名針妙丸が嘘の歴史を吹き込んで打ち出の小槌を使わせ、弱者による反逆の異変を起こす。そして、異変が解決されたら針妙丸を見捨てて逃げる。

この輝針城のストーリーをもとにした二次創作、凋叶棕の奉というアルバムにて『 輝針「セイギノミカタ」』という曲がある。騙し騙された関係であるとはいえ、与するもの一人としていないお互いが“正義”の名のもとに手を組んだという面が強調された内容となっている。概ね、騙されてなお自らの“正義”を貫く針妙丸がカッコよくみえる曲となっている。

その三次創作として、幻想物語寄稿集‐金‐という凋叶棕の東方アレンジをテーマにした短編小説集の一作として、「正義の味方」という小説がある。こちらは、正邪は針妙丸が小槌に産み出した“道具”としての存在であり、正邪の讒言もすべて針妙丸が仕組んだものだった。そして、利用された正邪は誰からも顧みられることなく小槌に回収された、という内容である。まさに輝針城のストーリーの逆転。

そして、その小説をもとにした楽曲としてこの曲が存在する。ここまでネタばらししてしまえばこの曲の描くところは明らかであろう。歌詞カード絵も針妙丸が正邪を糸で操っている。正邪の二曲に対する「哀れな物語達」という形容も納得できてしまうところである。

 

輝針「セイギノミカタ」が正統派な二次創作であるのに対して『異聞』正義の味方はラディカルな二次創作になると思う。しかし、ラディカルなほうに“正義の味方”と漢字で命名されているのは逆転みを感じる。

正邪という存在が、予定調和な異変の解決を基本とする東方のなかで異変終了後もなお対立構造があるという点で、イレギュラーな存在であり、それに対する一つの解釈という感覚がある。

いずれにせよ、どちらの曲においても針妙丸はかっこいい。ダークヒーローとしても、むしろそのほうがかっこいい。「何故」と何度問われようと正義は揺らがないのだ。

姫というのは傲慢であればあるほどいい。

 

ちなみに、この曲は作詞とアレンジは小説「正義の味方」の作者であるとものはという方がされていることとなっている。

曲を聴くまではゲスト参加かな?と思ったりもしたけれど、こういう曲をつくれる人は世界にも数人といないだろう。まさに裏で影を引くこの針妙丸像はこの人から産まれたのだとわかる。

 

 

7. 交響詩「魔帝」より Ⅱ.神話幻想

原曲:神話幻想 ~ Infinite Being(東方怪綺談

 

交響詩「魔帝」シリーズは徒というアルバムで「Ⅲ.戴冠式」が出ている。徒は2013年なので5年ぶりにつくられたということになる。

戴冠式のほうの原曲はフクレシュティの人形師であり、アリスの曲だった。そしてⅡのほうの原曲は神話幻想、つまり神綺の曲である。

神綺とアリスといえば魔界の創造主と魔界人である。ただ、戴冠式の原曲がブクレシュティであり今回の神話幻想にもブクレシュティの曲が使われていることを考えると、Win版のアリスが関係していることとなる。

旧作アリスとWin版アリスの関係は謎多き点なので今はそっとしておく。

 

 

8. アノインシスター

「だからダメなんだよ、お姉ちゃんはね。」

原曲:ハルトマンの妖怪少女(東方地霊殿

 

メロンブックスの紹介文によると「ロックでパワフルなアレンジに乗せお届けする」本作であるが、この曲はそのコンセプトから少し離れてるかもしれない。でも刺さる人にはすごく刺さる曲。この曲が一番良かったという人も一定数いそう。

 

「だからダメなんだよ、お姉ちゃんはね。」という1フレーズでこの曲は言い表すことができる。古明地姉妹の厄介な姉妹関係。

「だからwだめなんだよw おねwえwちゃんwはwねwww」というめらみさんの歌い方がとても素晴らしい。

アノインシスターはannoying sisterが自然な読み方だけど、あの陰(キャ)お姉ちゃんがハイセンスだと思う。

 

ころころ調子をかえてさえずりまわるこいしがそれこそ「くるっと回って可愛い」。

姉に対して優越感?嫉妬?執着?いろいろな感情が「狂っと」してて万華鏡のよう。ところどころくるっとブーメランしてるようなのもご愛敬。

だけれど、歌詞カード中の□■の部分を見る限り、こいしの表情も声も心も、もしかしたら存在もさとりは認識できてない(してない)で一切伝わってない。

そこがたまらなく古明地姉妹。

 

厄介な関係が好きな人にはきっと気に入ってもらえると思う曲。

 

 

9. Enslaved

原曲:古きユアンシェン(東方神霊廟

 

こちらは神霊廟の主従、霍青娥宮古芳香の曲。

霍青娥宮古芳香の関係も隠岐奈と二童子と似たエグさがある。ただこちらはキャラ設定txtではなく求聞口授という書籍で明らかにされた。曰く、札を剥がし邪仙の呪縛から解き放たれれば生前の行動原理にもどり呆然と歌を詠んでいるとのこと。

 

Enslavedは奴隷にするとかとりこにするという意味らしい。

青娥と芳香の関係が逆転したと短絡的に解釈してよいかは迷うところだが、ユアンシェンの優雅なメロディにリジットパラダイスっぽい音が入ってきて騒がしくなる構成なのは確か。しかし最終的にはユアンシェンのメロディが勝っているようにもみえる。

 

 

10. 話九十九節

「さあじゃんじゃかべんべけべんべかどんどかどんどかどんどんと」

原曲:幻想浄瑠璃東方輝針城

 

天空璋で二童子が出たせいで存在感が希薄になることが危惧されている九十九姉妹の歌。このアルバムではツインボーカルの重なりを生かすという点で至天と違う方向で味が出ている。

まずこの曲は盛り上がる。楽器の付喪神がテーマだけあって、楽しそうなメロディ。

そして幻想浄瑠璃の最も盛り上がるメロディがサビの裏で流れる。このメロディがあってこその幻想浄瑠璃

さらに自分で歌おうとしても口が回らない擬音語のフレーズたち。これがツインボーカルで綺麗に歌われるのだから盛り上がらないわけがない。

個人的な一押しは「その何もかも未だ聞かず」のnayutaさんの歌い方。このおしゃれ感が指示なのかアドリブなのかわからないけれど、とにかく最高。

 

 

いけいけどんどんな歌詞の中で「私を、鳴らして。」の解釈が難しい。 自ら音を発して演奏できる能力である九十九姉妹がそういう意味。

いつかは、という言葉がついているからには現段階では自分で音を発することができる。だけれども付喪神の反逆の時が終わってしまえば道具に戻る。琵琶も琴も古い時代の楽器だけれども、自ら発する音は新しく、平曲(ふるきうた)をやってさえも魂を湧き立たせる力がある。だから・・・

うーん、「貴方を、鳴らして。」という部分につながらないのでしっくりこない。

頭を空にして聞く曲にみえて実は深い意味があるのかもしれない。

 

 

11. Downfalling Ideology

「抱く思いをいま 形にせずままにして生きるなど」

原曲:リバースイデオロギー東方輝針城

 

最後に再び正邪の曲。

Uprisingのほうもそうだけれど、いわゆるAメロBメロサビが繰り返される構造ではなく様々なメロディが使われていることからもいかにこの二曲に手がかかっているかがわかる。

かくして哀れな結末を迎えた正邪だけれども、終わりとしてのこの曲は悲壮感はなくなおも変わらず世界を煽り続けている感じがする。

針妙丸が正邪を利用して目的を達成してもなお、お前はそれでよいのかと囁く。正邪としての存在は消えてもその下剋上イデオロギーは生き続けて針妙丸と小人族を苦しめ続ける。そして打ち出の小槌の歴史は繰り返される。そんなふうにポジティブに解釈しても許されるのではないだろうか。

 

この曲の一番のお気に入りはこの世は坩堝~からの一連の口上。Uprisingの口上よりも軽快で乗せられてしまいたくなる。

これまでの凋叶棕のパターンだとこういう部分の歌詞はアルバム全体のまとめになっているのだけれど、この曲はあまりそのように感じない(ひょっとしたらまとめになっているのかもしれないけれど)。

なっていないのだとしたら、この部分は正邪のためだけにつくられた歌詞であり、いっそうの哀れがある。

 

奉(ささげ)感想 凋叶棕

東方プレイのお供にこの1枚!

(公式ホームページより)

 

RD-soundsという方の主催する凋叶棕という音楽サークルがコミックマーケット87(2014年冬)に発売した「奉」という東方アレンジアルバムについて

およびこの作品にまつわる東方プロジェクトのゲームの思い出について

 

公式ページ

http://www.rd-sounds.com/C87.html

 

奉は、公式のホームページにあるとおり東方プロジェクトとよばれる同人弾幕シューティングゲームの、音楽やキャラクターのみならずそのゲームそのものを題材にした、二次創作CDとなる。

 

曲目は

1. Insert Coin(s) 

 原曲:テーマ・オブ・イースタンストーリー(幻樂団の歴史5 東方靈異伝 〜 Highly Responsive to Prayers

2. 紅魔「Un-demystified Fantasy」 vo.めらみぽっぷ

 原曲:Demystify Feast(東方萃夢想

    二色蓮花蝶 ~ Red and White(蓬莱伝説)

3. 妖々「全て桜の下に」 vo.Φ串Φ

 原曲:アルティメットトゥルース

    ボーダーオブライフ(東方妖々夢

4. 永夜「Imperishable Challengers」 vo.めらみぽっぷ

 原曲:月見草

    竹取飛翔 ~ Lunatic Princess(東方永夜抄

5.  花映「タマシイノハナ」 vo.めらみぽっぷ

 原曲:魂の花 ~ Another Dream

    花は幻想のままに(東方花映塚

6. 風神 「ブレイブ・ガール」 vo.めらみぽっぷ

 原曲:少女が見た日本の原風景

    信仰は儚き人間の為に東方風神録

7. 地霊 「幻想郷縁起 封ジラレシ妖怪達之頁」 vo.めらみぽっぷ

 原曲:暗闇の風穴(東方地霊殿

8. 星蓮 「ウルワシのベントラー」 vo.めらみぽっぷ

 原曲:春の湊に(東方星蓮船

9. 神霊 「死せる哲学の袂」 vo.Φ串Φ

 原曲:デザイアドライブ

    小さな欲望の星空(東方神霊廟

10.  輝針 「セイギノミカタ」 vo.めらみぽっぷ

 原曲:輝く針の小人族 ~ Little Princess(東方輝針城

11.  「テーマ・オブ・カーテンファイアーシューターズ」 -History 2/3- vo.めらみぽっぷ

 原曲:テーマ・オブ・イースタンストーリー

12.「テーマ・オブ・カーテンファイアーシューターズ」 -History 3/3- vo.めらみぽっぷ

 原曲:テーマ・オブ・イースタンストーリー

 

Windowsバージョンとなってからの紅魔郷から発売当時世に出ていた輝針城までの原作をテーマにした曲をひとつずつ。

はじめとおわりにすべての東方のプレイヤーのための曲という構成になっている。

まさに東方に“奉”げられた一枚。

 

 

1. Insert Coin(s)  

原曲:テーマ・オブ・イースタンストーリー(幻樂団の歴史5 東方靈異伝 〜 Highly Responsive to Prayers

 

ひたすらコインを入れ続ける曲。プレイしたことがある人なら自分が入れたコインの数を覚えているほうが少ないだろう。

いわゆる旧作のサントラ集に収録されている書下ろし曲であり、靈異伝は旧作の1作目であるから、まさしく原点の曲。

曲の前半に、 コイン投入を連打するような場面があるけれど、そういうときは集中力も落ちて抱え落ちをし続けているときなので、おとなしく寝たほうがいいかもしれない。日を改めると案外するっといけたりする・・・という経験談

 

 

2. 紅魔「Un-demystified Fantasy」

「守るべき規則ただ一人背負う」

 原曲:Demystify Feast(東方萃夢想

    二色蓮花蝶 ~ Red and White(蓬莱伝説)

 

この曲は凋叶棕の(現在買い求められるなかでの)2作目の『謡』に収録されているもののリアレンジバージョンである。曲自体は以前からあった、いわば原点の曲。

 

原曲はどちらも紅魔郷からではない。

Demystify Feastは東方萃夢想レミリアが敵として登場するシーンで流れて記憶に残っている(レミリアだけではないけれども)。あと、異変がなかなか解決されない焦燥感がつのって爆発する感じがこの曲のストーリーともマッチしている。

二色蓮花蝶は霊夢の曲という位置づけだろうか、バックにサビのメロディが流れている。

 

紅魔郷をノーマルでクリアするという観点からすると、パチェの4面が最難関であり、ここを余裕をもって通過できる構築ができれば、あとはすべてボムで吹き飛ばしていける。その意味では「知識だけの七曜など歯牙にもかけぬ勢いで」いく必要はない。

この曲の最後のサビは「千本の針の山」「吸血鬼幻想」「紅色幻想郷」といったハード以上の難易度のレミリアのスペカを思わせる歌詞が並んでいる。

とすると、この曲の本当の意味で味わうには紅魔郷のルナティックをクリアすることが必要なのではないかと思う。

紅魔郷のルナで「夜の向こう側へ」へ到達するのは相当選ばれし人でないと難しいけれど、だからこそそこを目指すのが原点といえる。

 

3. 妖々「全て桜の下に」

「生きては見えず。死しても見れず。」

原曲:アルティメットトゥルース

   ボーダーオブライフ(東方妖々夢

 

東方妖々夢の6面からスタッフロールにかけてを妖夢視点でみた曲だと思われる。

妖々夢の異変は大雑把にいえば、西行妖を満開にさせたい幽々子妖夢に春を集めさせたことに端をなす異変で、とうとう満開にはならなかった。だからこそその咎の重い世界は「生きても見えず。死しても見えず」というわけだったのだけれど、この曲はもしかしたら満開になってしまったパラレルワールドを歌っているのかもしれない。妖夢がその正体に気づくほどに。

神霊廟妖夢EDで幽々子が死者の復活方法に興味を示して試す(そして飽きる)という描写があったのだけれど、幽々子はまだ満開にすることを諦めていないのではないだろうか。でも、幽々子ほどの洞察力があれば桜の下にあるものに気づいていそうなものだけれど。それでも、ということなのか。

 

妖々夢のラストバトルからスタッフロールの詩が流れるところ、まさにこの曲が描いている部分が、私が東方をプレイするなかで一番好きなところ。

咲夜のボム数にも助けられて唯一ルナティックをクリアできた作品でもある。

だから、自動的にこのアルバムで一番好きな曲はこの曲。そういう聞き方をするべきアルバムなのだと思う。

 

4. 永夜「Imperishable Challengers」

「さあ元凶を、打ち倒せ!」

原曲:月見草

   竹取飛翔 ~ Lunatic Princess(東方永夜抄

 

この曲はどちらかといえば紅魔路線、原作の流れを映した曲である。

永夜抄といえば人妖が組んだオールスター感のある自機集団。それぞれにあわせた繊細な歌い分けが光るところ。

 

題名の意味するところの不滅の挑戦者たちは二つの意味があると思う。

ひとつは、なんど「一回休み」になろうとも繰り返し永遠に挑戦する主人公たち自機集団、そしてそれを操るプレイヤー。

もうひとつは、蓬莱人として文字通り不滅である輝夜や永琳である。永夜抄自体が永遠亭の面々の月におわする月人への挑戦という意味合いを含んでいる。この曲のラストの「元凶」は、輝夜たち側からすれば明けない夜をつくりだした主人公サイドということにもなる。

だから、この曲のラストはどちらサイドからも読める、それゆえに最高潮のクライマックスになっていると思う。ゲームクリアという観点からすると永夜返しは完全な消化試合だけれども、この曲を尊重するなら明けのスペルを拝むところまで頑張るべきなのだろう。

 

永夜抄はLast Wordにはまり込んだ記憶がある。文花帖がその役割を受け継いでいるような気もするけど、もう一回くらいこういうモードがないかな、と待っていたり。

 

5. 花映「タマシイノハナ」

「その身の罪は、幾許ならん」

原曲:魂の花 ~ Another Dream

   花は幻想のままに東方花映塚

 

東方花映塚から、エンディングとスタッフロールの曲を原曲にした静謐な曲。

花は幻想のままに、は花映塚を聞いた人なら幾度となく聞くことになった曲なはずで、その題名からも音からも語られるものが多いように思う。そして、本曲はそのイメージを歌にしたような印象。

花映塚のストーリーからすると、花に死んだ人間の霊が宿り自分の死に気づいていないか気づきたくないかで、花を咲かせ生きているつもりでいる。この歌詞はそうした名もなき幽霊からみた東方の世界という気がする。たぶん、一番から三番までそれぞれ別の人間から見た世界だと思う。

そして博麗の巫女たる霊夢も人間であるがゆえ、やがては同じ運命を辿る。

花映塚で語られるように霊夢には深すぎる業があっていつかその報いを受けるとしてもただ今は・・・そんなイメージ。

 

東方のなかで花映塚がいちばんエンディングを見る面白さがあって、その一方でエンディングにたどり着くのがめんどくさい。いつまでも落ちない四季映姫の、ふりそそぐ悔悟棒を避け続けた時間は幾許ならん。

エンディングではなんだかんだみんな映姫のお説教を聞き入れているのがいい。個人的には咲夜のエンディングの素敵な主従っぷりが好き。

 

6. 風神「ブレイブ・ガール」

「ここで生きていくという決意を滲ませて」

原曲:少女が見た日本の原風景 
   信仰は儚き人間の為に東方風神録

 

風神録からは早苗ステージの曲を原曲に、東風谷早苗というキャラクターそのものをテーマにした曲。

東方という作品を俯瞰してみたとき、風神録は転換点といえる。powerが4.0になり、1ごとにオプションが増えるという方式になった。そして、東風谷早苗という人間がレイマリに続く自機キャラとして存在感を増していった。

東風谷早苗というキャラは、外の世界から幻想郷へ渡り、外では現人神であったところを幻想郷では人間だと思い知らされるというなかなか重いストーリーを背負っている。その一方で、その後の登場作品(地霊殿星蓮船神霊廟、紺珠伝)と幻想郷に順応して常識離れしてシリアスな背景を感じさせない面もある。非常に幅広い存在。

凋叶棕における早苗の扱いも多種多様にわたるけれども、そのなかでも正統派よりにみえる本曲。歌詞を眺めながら聞くととても懐かしい気分になってくる。

 

風神録はとてもボムが強い。ラストスペル全振りといってよいその難易度は、パターン化の重要性を教えてくれるという意味で初心者向きといわれている。

弾幕自体の難易度はそれなりに高いので2面あたりで油断して抱えてるとクリアが覚束なくなる。時間を空けて久しぶりにプレイすると大体初回は失敗する。基本の大切さを教えてくれる作品。

 

7. 地霊「幻想郷縁起 封ジラレシ妖怪達之頁」

「かくて生延びる術の限り 明日に伝え残さん」

原曲:暗闇の風穴(東方地霊殿

 

地霊殿からは、プレイヤーなら飽きるほど聞いたであろう1面の曲をアレンジ。

稗田阿求が書き残した妖怪記という形で語られるこの曲は、東方地霊殿のゲーム性をそのまま歌にしている。

 

紺珠伝が出るまでは、ノーマルクリアについては地霊殿が最難関というのが多数意見だったように思う。その理由としては、ボムの威力が全体的に弱くて1ボムでは攻撃をとばせないこと、ボムを使うとショットの威力が下がるためごり押しが通じにくいこと、ステージ(特に5面)が長くてパターンを組むことが大変なことがあげられる。

その一方で、ボスの攻撃に対してボムを使おうと被弾しなければ残機の欠片をもらえることになっている。つまり、どんな手段を使おうと生き残ることが正義なのである。

そんなゲームシステムを反映して、この歌も地霊殿の各妖怪の記録を明日へ伝え残すという形式になっている。一歩でも先に進んで先をみて、記憶を記録として栄智にしていくことがプレイヤーとしてかくあるべし姿なのだ。

 

地霊殿は残機が少ないときほど被弾したときに回収できるパワーが多い。したがって、生き残って残機を蓄えさせるシステムとは裏腹に、度々被弾しながら残機の少ない状態でパワーを高く保つというプレイ方法もある。

エクストラなんかでは序盤中盤でうっかり被弾しても意外になんとかなったりするのが地霊殿というゲーム。そういう意味でとても面白いバランスをしていると思う。

 

8. 星蓮「ウルワシのベントラー」

「そうよ あと 少しのところで その 色彩を変えないで」

原曲:春の湊に(東方星蓮船

 

ベントラーシステムは、数ある東方の作品のなかで最も特徴的なシステムである。

赤・青・緑の3色ベントラー(UFO型アイテム)を同色・あるいは全て異色で揃えると巨大がUFOが発生してそれを倒すと各々の景品アイテムがもらえる。敵を倒すことよりもベントラーと巨大UFOに気を取られることも多々。

ベントラーが三つ揃おうとした瞬間に寸前で青に変わる、星蓮船あるある。

ベントラーを揃えるのをミスるとパターンが崩壊する、堅実なパターンづくりと緊急時のアドリブ力の両方が高いレベルで試される罪深きシステムなのである。

この歌は霊夢魔理沙・早苗の三人の自機に合わせてそんなベントラーシステムにフォーカスしている。

レイマリがベントラーに翻弄される歌詞であるのに対して今作から自機となって生き生きして早苗さん、この曲は実質早苗ソングともいえる。

星蓮船をプレイしていると、ベントラーの理不尽さに発狂しそうになることも多いので、これからプレイしようという方は是非この曲の早苗さんのメンタリティを取り入れてほしい。

 

星蓮船発売後の時期から東方を始めたので、個人的に最もプレイ回数が多く思い出深い作品。ベントラーシステムやヘニョリレーザー、ボムが弱すぎる魔理沙B、エクストラの阿鼻叫喚道中など思い出(トラウマ)がいっぱい。

歴代ノーマルのなかで星蓮船のラストスペルが一番難しいと思う。なぜか1機2ボムしかなく被弾すればショットの威力は目減りしボム後の相手の無敵時間が長い、ボムの弾は消えない。ラスペで涙を飲んだことが一度や二度ではない。

 

9. 神霊「死せる哲学の袂」

「惨めかな 何にもなれもせず」

原曲:デザイアドライブ

   小さな欲望の星空(東方神霊廟

 

神霊廟、ゲームの画面がポップになったのとは裏腹にストーリーは玄人好みなものになっている。

聖徳太子をモチーフ(虚構たる聖徳太子をモデルにしているから、一般的に知られている聖徳太子そのものともいえる)にしていて、さらに挑戦的な設定を加えている。キャラも政治・宗教的抗争が絡んでいて胡散臭いを通り越したやべーやつら。

そんな神霊廟に切り込んだこの歌は、一度聞いてもなかなか意味がわからない、聞き込んでも空をつかむよう。このアルバムのなかで最も難解な曲といえる。

 

まず、歌詞カードの絵からもこの曲は豊聡耳神子と神霊を歌っている。歌詞の並びが二つに分かれているが、左側が神子で右側が神霊であろう。そして、音楽的にも左側が通常、右側がトランス。これは神霊廟の、神霊ゲージを貯めてトランス攻撃をする、トランス攻撃中はBGMがトランス仕様になる、というゲームシステムを反映したものである。

神霊は簡単にいえば人の欲望が形になったものであり、モデルの通り十人の話を同時に理解できる神子はその欲望を受け入れ吸収できる。欲望が叶えられるわけではなく、受け容れられたことで消化されるとみるべきだろう。

神霊廟の設定では神子は民衆の統治に殺生を禁じ規律の厳しい仏教を利用する一方、自らは道教の術により不老不死を目論む。裏表を使い分ける為政者なのである。歌詞では神霊を受け容れつつも冷徹な面が垣間見え、底知れぬ恐ろしさがある。

ではこの歌のいう哲学とはなんなのか。神道でも仏教でも道教でもない哲学とは、死せるとは、袂とは。

ここから先は根拠の薄い想像なのだけど、題名の死せる哲学の袂は神子それ自身を表しているのではないだろうか。尸解仙として一度死んでいる。宗教という特定の信仰ではなく、人々の聖人を求める漠然とした欲望により復活する。袂は、跪いて救いを求めるときにつかむ先。

死せる哲学の袂、と文字を並べると仰々しいんだけれども抜け殻というか空白というか、そういうところが虚構たる聖徳太子を思わせなくもない。

 

神霊廟はノーマルクリアという観点からは一番易しいので、キャラ設定の厄介さに反して入門作品としては最適かもしれない。ただ、エクストラはトランスをいいところで使わないと辛くなるので個人的にはやりにくい。

厄介だなんだと連呼してきたけれど、闇深設定の神霊廟キャラが心綺楼等の後続の作品に出てきたときは親しみやすいキャラ付けがされている。ここらへんの塩梅が東方の二次創作の裾野が広がる妙なのかもしれない。

 

10. 輝針「セイギノミカタ」

「そうして繰り返す歴史に背を向けながら」

原曲:輝く針の小人族 ~ Little Princess(東方輝針城

 

輝針城からはラスボスの少名針妙丸、彼女が鬼人正邪と手をとった異変の原因が題材にされている。

原曲のメロディがかなり反映されていて気持ちが高まる旋律、針妙丸のヒーローっぷりが際立つ歌詞。

しかしその一方で小骨が喉にささるような違和感がある歌詞なのも事実。

 

輝針城は、鬼人正邪一寸法師の末裔という設定の少名針妙丸の打ち出の小槌を利用するために、彼女に小人族の偽りの歴史を吹き込み協力関係をもつ、ということが異変の原因である。

掲げられた理想が虚偽の理想であっても弱き者にとっての正義になる、正邪の視点からすると最初から偽りであったのだけれど、この歌の歌詞だと騙されたほうの針妙丸にとっても偽りの理想であっても構わないようなニュアンスに聞こえる。

「与するもの、一人としていない天邪鬼/小人の姫」と正邪と針妙丸は並列されていて、偽りから始まっていても両者の利害は一致している。針妙丸のほうも輝針城に幽閉された現状を打破することを超えて民を支配する立場に返り咲くという野望までをも持っているのかもしれない。そうして叶う前に代償が現れるような大きすぎる願いを抱き、歴史は繰り返される。

王道を往きながらそれをひっくり返すような解釈の余地も忍ばせる、このアルバムのなかで最も凋叶棕らしい歌だと思う。

 

輝針城は咲夜が久しぶりに自機になるということでかなり楽しみにしていた作品だった。そのため咲夜B(妖器なし)の機体性能の弱さ(クリア性能のなさ)っぷりには何度も心が折れた。

輝針城自体は平均的な機体を使えばノーマルもエクストラもそんなに難しいということはないが、咲夜Bだと難易度が跳ね上がる。しかし妖器なしのほうがグッドエンディングの流れなのでなんとしてもエンディングをみたい。というわけで輝針城で一番プレイ回数の多くなり、全作通じても一番印象に残っている機体となった。

 

11. 「テーマ・オブ・カーテンファイアーシューターズ」 -History 2/3-

「僕らは、そうやって、どこまで、行けるだろうか?」

原曲:テーマ・オブ・イースタンストーリー

 

最後は弾幕シューティングプレイヤーのテーマ、ということで、東方のプレイヤーをテーマにした歌となる。初出は東方幻奏響UROBOROS~fANTASIAsPIRALoVERdRIVE~というコンピレーションアルバムで、今回は少しアレンジが変わっている。

 

この歌はやはりプレイしなければわからないし、プレイヤーによって浮かんでくる景色も違ってくるから、取り立てて語ることはない。

ひとつだけ書きたいのは、こうして積み重なる思い出があるということはとても幸福なことで、どこまで行けるか走り続けている間は、次があると思っている間は、その幸せはきっと本当の意味ではわからない。いつかそれが終わってしまったときにわかるのだと思う。だから、その時がきたら幸福な思い出とともにまたこの歌を聞きたい。

 

3/3では小数点作品も含めた弾幕アマノジャクまでの作品が網羅されている。

そのNext Dream、次の夢が紺珠伝という月の夢で、東方史上(難易度的に)類い稀なる悪夢だったのも今となってはいい思い出。

現代作家アーカイヴ 松浦理英子(第13回)感想 2018年2月2日

イベント概要

今年の2月2日にこんなイベントがありました。

new.lib.u-tokyo.ac.jp

 

松浦理英子という作家は、一般人に参加できる催しになかなか現れない。

貴重な機会ということで行ってきました。

公式で書き起こしとか上がるかなーと思ってたんですが、そういうこともなさそうな雰囲気なので備忘録を。

3が月前の記憶とメモ書きからの復元なので箇条書き程度です。

イベントの流れは、3作品の解説(インタビュアーとのやり取り)→朗読→サイン会という感じでした。

 

ナチュラル・ウーマン

  • タイトルをつけあぐねた。読者アンケートでも「タイトルがださい」とだけ書いてある意見をもらった(笑)
  • いまタイトルをつけるならAaliyahの「More Than A Woman」からとる。
  • 人と人が関わりを持つなかで生じる攻撃性を描きたかった。
  • 便宜上女という言葉を使っただけ。
  • 容子は徹底的に受け身であることで相手を変化させる。受容することの強さがサドのプライドを損ねる。相手をコントロールするのとは異なる支配性をもつ。
  • (インタビュアーの言葉に対して)花世をバイセクシャルとする規定には疑問がある。
  • 当初は三部作にするつもりはなかった。「一番長い午後」を書いてから、そこに至る道程も書く必要があると思った。
  • 単行本にする際に時間軸通りに配置したほうがいいのではという提案もあったが、物語性への抵抗やシャッフルすることの効果性を考えて掲載順にした。

犬身

  • シリアスなSFではなく、”下らない”といわれるような作品にしようと思った。
  • 人と犬の関係から、性愛から離れて皮膚感覚的な部分を描きたかった。
  • (魂と身体の二元論を意識しているかという問いに対して)二元論的には分けていない。魂と外部との境目が皮膚である。
  • 犬はただそこにいればいい存在であるため、飼い主の抱えている問題には無力。
  • (最愛の子どもと絡めて家族というものにテーマを移しているのかという質問に対して)家族というのは素材にすぎず、小説をかくときの一番大事な部分ではない。目的ではなく、力をこめてかいているわけではない。
  • (エピローグについて)終わる物語への抵抗としての円環構造。アーバンミュージックがルーツ。

最愛の子ども

  • 「裏ヴァージョン」のトリスティーンから着想していて、一人称複数の共同体としての視点から描いている。
  • 高校生という極めて限定された世界でのみ成立する人称。
  • 女子高校生というのは世の中でみじめな存在で、一時的にでもパワーをもたせるのが言葉や物語。
  • 40歳をすぎるくらいまで攻めの気持ちはわかっていなかった。日夏の内面についてもあまりわかってないかもしれない。
  • 現代の女子高生を研究するためにAKBINGO!をみた。意外と変わらないと思った。

イベント全般の感想

 作品の解説も新しい情報が多くてよかったけれども、なんといってもご本人の生朗読! 事前にそういうことをやると知らなかったので動揺で手が震えましたね。

 ちなみに読んだ箇所は「最愛の子ども」の日夏と空穂がキスをするシーン。本人的にも自信があるシーンということで。読み方の調子としては、空穂のセリフにすごく力を入れているように感じました。

 あとファンとして味わい深い情報は、花世がバイセクシャルと規定されることに疑問を呈したこと。本人的には花世について具体的な像があるのだろうかということを想像してしまう。それと、攻めの気持ちがわからないということころ。ということは・・・

 「最愛の子ども」は「裏ヴァージョン」のトリスティーンが一人称複数の視点になっているということは言われなければわからなかった。言われて読み返してみると文体が似ているように感じる。裏ヴァージョンでもっとも自伝的な要素を含んでいるようにみえるANONYMOUSでは「親が二人とも女であるジェンダーレスな家族を扱った小説なら書いてみてもいいかも知れない」という一節があり、物語のアイデアはここからきている。この部分はトリスティーンがグラディスとラウラの関係を疑うところを不仲な良心に仲良くなってほしいと望んでいる子どもになぞらえる解釈をうけている。そういう意味でトリスティーンは「最愛の子ども」の二重のモチーフである。そんなことを考えてトリスティーンを読み返すと、空穂たちの未来の可能性のひとつとして描かれているように思えて、味わい深い。

 今回のイベントでもサインがもらえました。ナチュラル・ウーマンの表紙裏に、以前もらったサインの隣にかいていただきました。明らかにサインなれしていないこの署名が愛おしいと同時に、こんな俗なことをさせてしまっているという罪悪感もあるけれども、うれしい。

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ナチュラル・ウーマン(松浦理英子著) 感想

「最高に素晴らしい恋愛をしていたはずなのに」

概要

松浦理英子著「ナチュラル・ウーマン」は、1987年に出版された。

現在は河出書房新社から新装版として文庫本が出ている。

本作品は三つの短編から成っており、「いちばん長い午後」「微熱休暇」、そして表題作の「ナチュラル・ウーマン」である。三つの短編は容子という人物を主人公としている点が共通している。ただし、時系列はナチュラル・ウーマン→いちばん長い午後→微熱休暇となっている。

 

ナチュラル・ウーマンは、おそらく多くの人が作者の最高傑作とあげるだろう作品だし、ファンである私もそう思う。

一般的にいえば、松浦理英子という作家は性器結合主義を批判するという立場の人であり、ナチュラル・ウーマンという作品は男女間の性器を結合する形の関係の絶対性を否定するための、女性同士の性器を用いない性行為を伴った関係を描いた作品である。

この作品は恋愛というもの自体を否定するところまで先鋭的でない。男女間の、いわゆるセックスを伴う関係でなくとも恋愛関係が成立するという話になる。そして、普通の恋愛小説として読んでも自然に、ナチュラルに読めるという部分、恋愛描写が完成されていることこそが、私が思うこの作品の傑作性なのである。

2018年現在では恋愛という形をとらないという主題はそれほど真新しさはないかもしれないし、作者としても恋愛については30年以上前に書いたこの作品で語りつくしているためそれを直接的な主題とすることはないだろう。

だからこそ、この作品の洗練された無駄のなさがとても眩しくみえる。

 

一番長い午後

「あなた相手に暴君を気取ってみたくもなるわよ。ところが罠なのね。」

ナチュラル・ウーマン」全体において一番高いウェイトを占める関係性は、主人公容子と花世の関係である。一番長い午後は、その花世と別れた後にスチュワーデス勤めの夕記子との肉体寄りの関係の話となる。

 

容子と夕記子の関係は、夕記子が支配者に立つ、支配被支配がはっきりした関係にみえる。物語は夕記子が生理の経血で汚したシーツを容子が洗うところからはじまるし、そうしている間も結構厳しい言葉が投げかけれられる。

この本を最後まで読んでからもう一度一番長い午後を読むと、このエピソードは容子という人物の描写を補完するために存在するのだと気づく。

夕記子は、「あなたは人に奉仕しているというスタイルに昂奮するんでしょう」「自分を何だと思っているの?無垢な仔犬だとでも思っているの?」「知ってたのよ、あなたが私を見下していて、少しも好きじゃないということは」という具合に容子を語る。多少バイアスがかかっていたとしても、これが真実を含むというのが二週目にはわかる。

夕記子が容子とどうなりたいのか、というのは作中では語られることはない。恋愛したことがないししたいと思ったこともないという夕記子の言い分を信じるなら、別の人に恋愛感情をもっている容子に、その眩しさに苛立ちを覚えるという心情なのだろうか。

 

容子は夕記子とのプレイにおいて、元カノの花世との思い出である肛門を使った行為をすることで、次の由梨子との関係に進んでいく。

読み返せば読み返すほど、最後の2ページくらいの夕記子の心情がやるせなく思える。恋をしていれば二人でもっと沢山のことを愉しめただろう、という容子の独白も。

 

微熱休暇

「わかったわ。あなたはインポよ。」

微熱休暇は、夕記子との関係がおそらくひと段落したあとに、容子が想いをよせている由梨子と旅行に行く話である。

由梨子と肉体関係が生じるかもしれないという段階で、思い出すのは花世とのことであり夕記子との関係についてはあまり言及されないのがまたなんとも。

仕事でえろ漫画を描く、エロ漫画先生の容子が肉体関係をもつのに中学生男子のようなうろたえをみせる様子はなかなか面白いし、セックス直前の恋愛感情が暴発しような描写も読んでて新鮮な気持ちになる。

「あんまり好きだとできないものなのよ。」という容子のセリフは、これまでの恋愛遍歴から出たものでもあるし、恋愛関係における性行為というものを読者に問うものでもある。

時代的にはそろそろあやしくなっているが、男女関係においては恋愛と性行為と結婚はある程度強い連結性があり、セックスはある程度の年齢になったらするものだと思ってたというように描く古典も多い。ここで同性関係というのが生きてきて、性行為が必要なのか、そもそも性行為はなんなのかという問いかけがひきたつのだ。

物語的には新しい関係の可能性を示して終わる。雰囲気的には今後性行為について快感の経験がある容子とそんなに否定的でない由梨子ならするに決まってるでしょと思ってしまうけれども、するにせよしないにせよしてから考えるにせよ、一歩立ち止まることに大きな意味がある。

 

 

ナチュラル・ウーマン

「あなたにしか感動しない。」

最後に、容子と花世の関係が語られる。

見るからに両想い、体の相性もいい、そんな最高に素晴らしい恋愛はどうして終わってしまったのか。それをはっきり解説している感想は私はまだ見たことがない。

www.youtube.com

表題のナチュラル・ウーマンはこの歌がモチーフとなっている。「私、あなたを抱きしめた時、生まれて初めて自分が女だと感じたの。」と花世は語る。

ここが二人の大きな違いで、容子はたまたま女に生まれてついでに女をやっているだけという考え方だが、花世は自分の性別への執着がある。男性経験のある自らの膣を容子に触らせない、性器を触り合う性行為を男と女ごっことするなど、性別から生じている社会規範を意識する。

「あなたは空を飛びかねないほど自由で、私は愚鈍に地べたを這いずり回っていて。」と別れ際に花世がいうセリフはこのことを示している。

しかし、この違いは大きな違いであれど決定的な理由ではないのではないか。肛門での性行為という自分たちに適った行為形式を発見したのに、性別観の違いだけで駄目になってしまうのか。

 

口に出してしまうと陳腐だけれど、それは結局容子の自覚していないパーソナリティにある。

一番長い午後で夕記子がいうように、容子という人は可愛く人をひきつけ、暴君を気取ってみたくなるが、結局自分が踊らされているということを無自覚にできるのだ。

それは花世との関係で、「私が百回好きだと繰り返したって、あなたは信じないんでしょう?」「信じなきゃだめなの?」というやり取りや、何度苦痛な目にあわされても花世に寄っていき受け入れてしまう性行為描写にあらわれている。

おそらく、容子は鏡のようなもので花世は容子をみることによって自分を定義することができたのだと思う。しかし、あなたにしか感動しない、というくらい花世に入れ込んでいる容子は花世になにをされても肯定をしてしまう。その全肯定は、ある面では容子の愛情であるがある面では欲望の押し付けである。だから夕記子は「あなたが優しいなんて思わない」と言い花世は「あなたに好かれたってしょうがない」と言う。

しかし一方で、花世も容子の問う本当のセックスとか本当の好きというものに対する回答をもたない。実際にこうすれば良かったというのはたぶんなく、剥き出しの個性が性行為を通じてぶつかり、強烈な光を放って磨耗した結果なのだ。

 

私は16歳のときはじめてこの小説を読んだけれども、容子にかなり感情移入をして読んだためどうしてこの恋愛は終わってしまったのだろうというのがわからなかった。

歳を経て、実際に容子の花世へむけたような感情をむけられたらしんどいだろうなというのはわかるようになってしまったが、それでもこの世のどこかにはこういう恋愛が危ういバランスを保ちながら成立していてほしいと思う。

容子のパーソナリティについて色々書いてきたが、彼女がナチュラルウーマンの前半の、花世との関係が成就していくときの輝きは、自分にはそういう感情があまりないことがわかった今だからこそ尊くみえる。

たとえそれが重くて耐えられないエゴの塊であったとしても、それこそが人間の感情の極みであるし、恋愛の醍醐味なのだから。

ワンダリア(+タビノウタ)感想 Feuille-Morte

ー歌おう、あなたの存在する意味!

(CD帯文より)

 

RD-soundsという方の主催するFeuille-Morteという音楽サークルがコミックマーケット93で発売した「ワンダリア」というオリジナル・ファンタジー・アルバムについて

 

公式ページ

www.feuille-morte.com

 

ワンダリアは公式ページの絵でいうと左の制服姿の女の子(一ノ瀬朔実)が右のファンタジックな女の子(シューニャ)から色々な旅人の旅の軌跡、人生の物語の歌をきくという形式になっている。

曲目は

1. 自由落下[私の歌] vo.nayuta

2. 沈む舵輪のロンド[じゆうのうた] vo.めらみぽっぷ

3. 愛の旋律[しるべのうた] vo.Φ串Φ

4. 確かなるものの為に[ちかいのうた] vo.中惠光城/めらみぽっぷ

5. Exception()[いのちのうた] vo.めらみぽっぷ

6. 生贄の少女[ひかりのうた] vo.めらみぽっぷ

7. ずっと遠い世界から[二人の歌] vo.nayuta

8. [別れの歌/わかれのうた]ワンダリア[出会いの歌] vo.nayuta/めらみぽっぷ

 

[]内にひらがなのみの題と漢字も混ざった題がある。

これは、シューニャが歌ってるのがひらがなのみ、一ノ瀬朔実が歌ってるのが漢字混ざりとなっている。シューニャは世界を知らずに死んだ設定なのでひらがなだけなのでしょう。

 

 

1. 自由落下[私の歌] 

「私の命は私のもの」

 

アルバムの主人公の一人、一ノ瀬朔実の歌。

この女子高生(推定)はおそらく誰かのために自分の命を投げ出して死んだということなのだろう。そして死んだ先の世界でシューニャと出会い、このアルバムの物語がはじまる。

 

冷めた見方をすれば、自分の生きている世界に合わずに生き急いでいるということもできる。

でも、自分の命をどう使うかは究極的には自分の自由、これがこの物語のテーマ。その高らかなテーマにふさわしく明るく、空のようにひろがる曲調が聞いていて爽快。

 

 

2. 沈む舵輪のロンド[じゆうのうた]

「私こそ知っている 自由の価値を知っている」

 

「じゃあきかせてあげるよ、みんなのうた」とシューニャが返してはじめに歌うのは海賊グレース・ボニーの歌。朔実と同じく自分の命で他人を救い自分のために使った歌。

昔語り風のメロディがとても好き。オリジナルファンタジーの真骨頂ともいえる。

RD卿の作品でいえば『遙』の「伝説のユグドラシル」と似ていると思った。

 

「人未満の運命」という部分がはっきりとは語られていないが、この海賊は人々の噂のように政に追われた姫君なのだろうか。そして生き別れの弟に似た男を助けて自分は死んだと。

生まれは選べず自由でない運命を背負っていても、自由のその先の結果が無駄死にだといわれようとも、自分の命を自由に使って死ぬという選択、その過程こそが重要と。

 

完全に肯定はできなくてもこうして歌で聞くと引力がある。

 

 

 

3. 愛の旋律[しるべのうた]

「真の、偽愛の旋律」

 

このアルバムにあっては異色の、場末のスナックを感じる曲調の問題作。その一昔以上前の恋愛ソング風の雰囲気とアンマッチな内容の歌詞が目を引く。

 

芸術を産み出すには愛が必要、という芸術家は過去にたくさんいて、そして芸術は愛を題材をしたものが多いのも事実。しかし・・・

私が思うにこの歌には二つの見方がある。

愛の旋律を知るために偽りの愛へ身を任せるこの女の子の旋律への愛こそがただひとつ真のものであるという見方。

あるいは、愛というよるべにするには不確かな思いを身をもって体感することで自らの旋律への思いも不確かなものへとなっていって、愛の旋律を得るという見方。

後者のほうがひねくれているけれども、この曲が全体としてどこか不安定なことを思うと、どこか否定したい後者の見方も捨てがたいように感じる。

 

 

4. 確かなものの為に[ちかいのうた]

「広い世界のどこでさえ。敵だらけ。」

 

前トラックの愛の旋律とは正反対に、確かなものを求めるテロリスト姉妹の歌。シューニャ一押しソングでもある。

敵に追い詰められてなお姉であるジュリエットを売らないリラ、彼女の姉への誓いがただひとつこの世で確かなものである。疾走感のある曲調と畳みかけるようなデュエットが耳に心地よい。

ただ、このアルバムだと自分で運命を決められていない分救いのない歌なのかもしれない。だからこそシューニャはこの歌を推しているのかもね。

 

 

5. Exception()[いのちのうた]

「あなたの傍に。その全てを裏切る例外処理です」

 

このアルバムで一曲挙げるとするならばこれ。世界観に震える。

デイジーという科学者に創られた人工知能が命というエゴの器をもつ歌。

 

デイジーという名前はDaisy Bellという19世紀につくられた歌がモチーフになっている。実際、この曲から以下の部分が引用されている。

Daisy, Daisy, give me your answer do.  I'm half crazy, all for the love of you」

この曲は、1961年にコンピューターが初めて歌った曲としても有名である。

www.youtube.com

映画「2001年宇宙の旅」でもHAL 9000が機能停止させられる断末魔として上の引用した部分を口ずさむ。そういった意味でコンピューターにとって象徴的な歌なのだ。

 

この曲は、ある意味では2001年宇宙の旅と同様に人工知能の反逆がテーマといえる。

解釈としては意見が分かれるところだと思うけれども、私は、自分の創った人工知能と宇宙船で宇宙に逃げた科学者が、人工知能によって一人母星に帰されて、人工知能は一人その機能を停止する、という曲だと考えている。

人工知能は不死だから、デイジーが死んだあとも処理に従うなら残りつづける。それが耐えられないと。

この解釈だと別に一緒に逃げてデイジーが死んだら自ら機能停止すればいいんじゃない?って感じもするからどこかずれているかもしれないけど。

 

題名の()部分はおそらく自らに生じたこころをあらわしている。歌詞のなかの[param_definition]部分で怒りや涙や悲しみはrage tears griefと言語にされているけどこころはundefinedとされているから。

一人生き残ってしまうのはつらい。そのつらさがわかるからこそ、わかってなお相手を一人残すというのはなんともエゴな感じがあり、まさしく愛だと思う。

I'm half crazy, all for the love of you という引用句のとおりに。

 

 

6. 生贄の少女[ひかりのうた] 

「いのちがもつ意味を知りたいです!」

 

朔実のリクエストによりシューニャ自身の歌について。前作の「タビノウタ」から謎だった彼女の素性が明かされる。

前半部分はシューニャのアルバム中最も悲惨な、しかし歴史上はそれなりにあっただろう人生。ちょっと違うけどなんとなくドナドナを思い出してしまった。

後半の明るい調子がシューニャの本来の性格で、生前は一度もそれが発揮されなかったのだとしたら悲しいを通り越してしまう。彼女は生前なにも知らなかったからひかりしか見えなかったのだろうか。その後の自分と同じように場所をくれた存在はどんな人だったのだろうか、それは永遠に欠けたままに。

 

 

7. ずっと遠い世界から[二人の歌]

「だれかを助けて、それが、自分の人生の全てになってしまっても。」

 

朔実のもうひとつの歌。亜実と朔実の歌。

 この歌が一番難しい歌だと思う。

このアルバムを全部聴くと「ずっと遠くまで行ってしま」ったのは朔実のほうじゃないかとか、「あんなに、つらそうにしていたのが、うそみたいに」とか「なにもかも、わるいゆめのように、おもえるから」というならつぐみは死んでしまったのではないかとか。

いもうとをたすけてくださいと願って朔実が代わりになったのならなぜ女子高生姿なのかとか。

直感的にいうと、右側の歌詞は朔実から亜実への形式をとっているのだけど逆もまたこういう語り掛けになるんじゃないかと思う。

だからこそ、二人の歌という副題。

 

 

8. [別れの歌/わかれのうた]ワンダリア[出会いの歌]

「たったいちどきりしかいえない―さよならの言葉を。」

 

シューニャから朔実が役目をひきつぐ歌。別れは二人でしたから漢字とひらがな表記、その後の新たな旅人との出会いは朔実が一人でするから漢字だけ。

このアルバムで語られる死生観だと、輪廻転生とは少し違って想いが尽きるまで旅は終わらない、死さえも過程でしかなく空を往き続ける、想いが尽きたときが空を往くときの終わりということになる。なかなかハードな世界。

CDを取り出した面に最後の歌詞がのっていて、朔実の再会と、タビノウタとの関係が示される。

 

タビノウタはC92で発売されたミニアルバム、ワンダリアの前作である。

http://www.feuille-morte.com/tabinouta.html

であいのうたは旅人と出会ったシューニャの歌。この作者の歌のなかでのトップクラスの、単体で聞くならばよっぽど意地悪な深読みをしない限りは明るい歌。なつかしのカントリーソングのような。旅を続けるならどこへでも行ける、それは希望でありある意味では呪いのようなものでもある。

旅路は短いインスト。前曲のにぎやかな明るさとうってかわって静かできれいな曲。

わかれのうたは死んでるけど臨死体験というか。交通事故(?)で死ぬまでを歌って旅を終えまた旅は続く。底まできてまた空へ戻っていく、朔実とは違う旅人の歌。「きみはすべてを忘れてしまうと思うのだけれど」「そのうたをわたしはきっと忘れないよ」というのがワンダリアを聞いてシューニャのキャラをふまえるとさらにいい。

「もう二度とここへ来ないようにね」というのはどういう意味だろうか。想いを残して死ぬなということか、シューニャの無邪気さゆえの死ぬななのか。

 

 

おすすめポイント

ワンダリアのなかで、単曲としていちばんなのはException()、メロディとしては沈む舵輪のロンド、フレーズはワンダリアの「たったいちどきりしかいえない―さよならの言葉を。」という部分。

公式のクロスフェードだと54秒~1分35秒を聞いてみてほしい。未購入でここまで読む人がいるかわからないけれど。

 

ちなみに作者本人によれば

 

 

 とのことでした。