四半世記

感想文ページ(ネタバレあり)

ミソロジア 感想 Feuille-Morte

人は神話と共に生きてきた

(公式ホームページ紹介文より)

 

RD-soundsという方の主催するFeuille-Morteという音楽サークルが2015年秋のM3で発売した「ミソロジア」というオリジナル・ファンタジー・アルバムについて

 

公式ページ

http://www.feuille-morte.com/mythologia.html

 

ミソロジアは公式ページの紹介のとおり、神話の始まり・変遷・その終わりをテーマにすえたアルバム。

私が推しているRD-soundsという方は東方projectの二次創作サークルである凋叶棕での活動のほうが著名かもしれないが、こちらはオリジナルなので東方を知らない人にもおすすめできる。コンセプトが明確でファンタジー色の強いメロディが特徴なので、初めての1枚として是非に。

一方で、Feuille-Morteとしての次作である『ワンダリア』と比べて行間が多いため、詳細まで解釈しようとすると難しいところもある。この記事で書くのは考察というより感想・妄想よりなのでふーん、と読んでもらえれば。

 

曲目は

1. 「ミソロジア」 vo.めらみぽっぷ

2. 「River」 vo.めらみぽっぷ

3. 「あらしのうた」 vo.めらみぽっぷ

4. 「ポラリス」 vo.中惠光城

5. 「エクスデウス」 vo.めらみぽっぷ

6. (すいへいせんのむこうがわ) vo.めらみぽっぷ

 

 

概観すると、

1曲目のミソロジアが神話についての総論で、

2~5曲目がそれぞれ独立した神話、5曲目については神話の終わり

そして6曲目は新たな始まりを題材にしていると思われる。

 

1. ミソロジア 

「けしてそれらは 暴かれず」

 

神話の総論について。

神話は人にとって闇を照らすためのものであった。

歌詞にあるとおり、星々とか雷とか自然的なものの、そして過去の人の行いも物語として語られる。語られることによって明らかにされ、闇を照らす。 

語られたこと自体も過去のものとなり、それは語り手不明の神々のことばとして神話となる。

これが公式ホームページの試聴部分の歌詞の紹介だが、コンセプトが素晴らしい。歴史としてのリアルと厨二心をくすぐる創作性の両面を兼ねそろえた歌詞、神秘的で荘厳なメロディ。できれば試聴を聞いて、フルで聞いてほしい曲。

 

この曲の難しいところは歌詞カードの絵と中盤の歌詞にある。

歌詞カードの絵は博物館のような場所に絵から抜け出した少女。絵は神話そのもので、抜け出している少女は神話の擬人化だろうか。絵画から抜け出しているのは、暗闇を文明の力で振り払った今でも人の手のなかで神話が息づいていることを示しているとか。

多数の人のシルエットのなかで一人だけ振り返っている人がいるけど、これも重要な意味がありそう。この絵の状況はある程度文明が進んでいる時代だと思われるので、実際に手のなかで神々の言葉を握りしてめているのはほんの一部の人で、多くの人はまさに絵空事としてしかみてないとか。

 

中盤の歌詞については、『創生』『守護』『争い』『繁栄』の4つの神話が示されていいて、RD氏の作り方的には2~5曲目をあらわしているようにも思えるけど、しっくりとこない感じもある。

あらしのうたが『守護』でエクスデウスが『繁栄』というのはわかるけど、Riverが『創生』でポラリスが『争い』というのはうーんという感じ。完全にイメージが一致しないというか。これは各曲の考察が足りないのかもしれない。

 

そして、「けしてそれらは 暴かれず」という歌詞。

神話は暴かれないからこそ価値があり、実はこういうことだったんだとか暴かれてしまうと神秘性は失われる。でも人はそれをせずにはいられない。

神話も人が語ったものとするならば、人はかつて自分たちが創造したものを自分たちの手で暴いて打ち捨てるということになる。この矛盾というか、二律背反というか、性というか、そういうものがたまらない。

 

 

2. River

「待つことの 苦しさよりも 時が この身を苛む」

 

この曲で語られる神話は、紅い河のほとりで彼を交わした再会の約束を信じた少女がいつまでも待ち続けて・・・という内容。

待つことよりも時がすぎて身体が朽ちていくのが障害で、待ち続けるために永遠が欲しい。なんとも眩しい感情。歌詞的には最終的に入水したのだろうか。 

 

この歌のポイントは、歌詞カードの絵に人が描かれていないことだと思う。人物の影すらもないのはこの曲だけ。

だから、実際にそういう少女がいたかどうかそれ自体もわからないということだと思う。待ってる少女がいてそれを人々が語ったのか、河のほとりの紅い花をみて人々が話を創造したのか、それさえもわからない。まさにそれこそが神話の原点。そういう意味では 『創生』要素があるのかもしれない。四大文明が河のほとりから始まったというのも『創生』要素。そう考えると結構あるかも。

 

待つことが苦痛でないというのはなんとも清らかな感情で個人的には理解を超えるけれど、そういう感情さえも神話の一部だと考えるとしっくりくる。

花という人よりも儚いものに永遠をこめるのはなんともおしゃれ。

 

 

3. あらしのうた

「ただただ信じるものの狂人さは」

 

とにかく力強い歌。

神話を信じない人がでてきた時代に、あらしのよるにすがたをあらわすという古びた神話を信じて待ち続けた少女の話。最終的にはその少女も神話として語られるという構造をもつ。語り継がれることでその姿を変えていくという神話の性質の歌でもある。

 

この曲はサビに至るまでのメロディがすごくかっこいい。特に「今はもう~」と「失くしつつ~」という部分。信じるということの力強さ恐ろしさがわかる。

その力強さが結果的にどうなったか。あらしのよるに彼女は神話のとおりその存在に会えたのか、あるいは嵐に吹き飛ばされて天に召されて亡骸さえも行方不明になったのか、どちらなのかはわからない。わからないからこそ彼女は新たな神話になったのだろう。

個人的には後者だと思ってしまうけれども、その信仰心はまさに神話のよう。

 

 

4. ポラリス

「その不動の輝きただ一つ」

 

この曲は「ホシノウタ」という今はもう入手困難なCDが初出であり、やや趣を異にする。

 

歌詞カードの絵では制服がでてきてかなり現代的な世界になっている。

うごかないからだをかかえている少女が、同じく動かない北極星に、誰かの希望になりたいという自分の希望を仮託する内容。人に方角を示し続けてきた北極星が、その示し続けてきたという神話ゆえに別の形で人の希望になるという構造をもつ。

この曲において北極星は少女の希望になっているが、同時に人と神話の距離も感じる曲となっている。前2曲と違って少女は神話にならないし、北極星と少女の繋がりを認識する他人もいない。人工灯の輝く世界では目を凝らさないと北極星自体見えないし、文明が正常に機能していれば見る必要もない。今はスマホをつければ方位磁石が出る時代なのだ。

だから、再び人にとって北極星が必要になるのは世界が再び闇に包まれたとき、文明が滅んだときになる。

 

 

5. エクスデウス

「もはや暴かれず 暴きつくした成れの果てとなる」

 

人があらゆる闇を打ち払った未来の世界の話。歌詞カードの白い世界が眩しい。

秘密を暴く、二人というモチーフが東方の秘封倶楽部を想起させる。凋叶棕での『密』というアルバムが近い時期に出されていることからも、テーマとしての類似性がある、かもしれない。

 

この歌ほど終焉という言葉が似あうものはない。

デウス・エクス・マキナという古代ギリシア演劇の終わりの手法は、いわば神の一声のようなもので演劇を強引に終わらせるものとして評価されている。

その言葉をひっくり返した遥か未来の話であるエクスデウスという名のこの曲は、世界を暴きつくした果てに最後の闇である相手の存在を手にかけて片方が一人残る、最も自然で救いのない終わりを描いている。

ただ、歌詞中ではエクスデウスはこの二人ではなく”神だったもの”のほうにふられている。

 

「もはや暴かれず 暴きつくした成れ果てとなる」

このフレーズは凋叶棕やその他提供曲も含めてRD氏の歌詞のなかで最も好きな歌詞。ミソロジアとの対比がとても美しい。

このような状況がもし未来にあるのだとしたら、この神話は誰にも観測されない。このような状況に至る前の、過去でしか創造されない。ゆえにけして暴かれない不可侵の神話。最後にその手の中に残るのは成れの果てはそういうものなのだ。

 

 

6. (すいへいせんのむこうがわ) 

 

歌詞がすごい曲

ぱっと見てまったく読めない歌詞は、しかしある程度読めるというのがすごいところ。

 基本的には表音文字だが、水平線とか空とか波とかこの曲のなかでモチーフとなっているものは表意文字になっている。

 

世界観的には一度文明が終わったあとにまた別の文明がおこった感じだろうか。未知の世界へ踏み出す輝かしさが全面に出たすがすがしい歌。だが、それだけではない気もする。

この曲は歌詞に阻まれて読み取り切れないが、中盤に4つほど神話らしき表記がある。ここがなんて言っているかわからないようにしてるのはなんとも憎い演出。

そして、「あすなきたみとして」「きのうなきたみとして」という部分も少し不穏なものを感じないでもない。中盤の部分はめらみさんの声色が少し変えてある部分でもあり、前の世界との繋がりを匂わされているような気もする。

読み取り切れないようにつくってあるのはたぶんわざとで、そうして未知の世界に繰り出すことを演出してるのだと思う。

そしていつしか彼女も・・・

 

 

おすすめポイント

 

特にミソロジアとエクスデウスがおすすめ。神話というテーマが好みなのもあって、そのテーマをストレートに反映してる歌詞に惹かれる。

冒頭でも述べたけど、このブログで度々紹介しているRD-soundsという方の作品の、初めての1枚としても聞きやすいと思います。

【祝アニメ化】やがて君になる、その魅力:超正統派恋愛漫画

だから「好き」を持たない君が世界で一番優しく見えた

(2巻より)

 

仲谷鳰という方の描かれた、現在6巻まで発刊中で、2018年10月5日から放映開始されたアニメの原作である漫画、「やがて君になる」の10話(2巻)までについて。そしてその販促。

 

 

概要~3話まで(関係の始まり)

漫画公式特設ページ

daioh.dengeki.com

公式ページからあらすじを抜粋

人に恋する気持ちがわからず悩みを抱える小糸侑は、中学卒業の時に仲の良い男子に告白された返事をできずにいた。そんな折に出会った生徒会役員の七海燈子は、誰に告白されても相手のことを好きになれないという。燈子に共感を覚えた侑は自分の悩みを打ち明けるが、逆に燈子から思わぬ言葉を告げられる──
「私、君のこと好きになりそう」

 

アニメ公式ページ

yagakimi.com

 

      いつまでかはわからないけど期間限定で10話まで無料公開だそうです。

(幕間は単行本のみ掲載で無料公開されていない)

(現在は10話までまるごと公開は終了 10/19確認)

comic-walker.com

 

やがて君になるは、小糸侑と七海燈子という二人の女性の関係性をメインテーマとした漫画である。

既刊6巻で累計70万部という宣伝文句が示すとおり、百合というジャンルのみならず漫画一般の枠でみてもかなりのヒットを記録している。また、一つの関係性にフォーカスをあてた作品にも関わらず連続アニメという形で映像化されることとなっていて、注目を集めている。

 

この作品の大きな魅力のひとつとして、恋愛関係という歴史ある定まった関係性の型の前提を疑った点にある。

主人公小糸侑は、誰かを特別に思うという気持ちがわからない。容姿端麗成績優秀みたいな(外面は)超人な燈子に告白されようがキスされようが心が動かない。それでも誰かを特別に思う気持ちを知りたいと思っている。

お相手の七海燈子は、誰も特別と思わない侑を好きになる。そして、自分のことを好きにならないでいいから好きでいさせてほしいという。

 

ここまでが3話までの内容で、そうして二人の関係が始まる。この漫画がヒットした要因のひとつとして、侑の非恋愛的なポジションが時代の潮流とマッチしたのだと思う。絵に描いたような恋愛というのは誰もがするものではないし、誰かひとりを特別に思う気持ちがわからないということも共感を得る時代。

しかし私は、この漫画のストーリーは変化球なようでいて恋愛ものとして超正統派だと思う。むしろ恋愛ものはこうあるべきだというのがついに出たというか。誰かを特別に思うという気持ちが発生するのは自明じゃないということ、必ずしも終着点が恋愛関係ではないなかで関係性が描かれること。逆説的ではあるけれども、こうして恋愛を外側から描くことではじめて恋愛というものの輪郭が見えると思うから。

 

4話~5話(先輩の特別)

4話から5話は、燈子が侑を特別だと思う理由が語られる。

先輩の外面は亡き姉を目指して特別な私になりたいという努力の末につくられたもので、誰も特別に思わない侑だからこそその前では特別でなくてもいい。だから特別なのだということ。

 

特別というキーワードは恋愛においてとても重要なもの。

例えば、それなりに多くの人が性行為は恋人としかしないという規範をもっているけれども、それはその人としかしない特別な行為があったりその人にしか見せない特別な面がある=その人との関係が特別なものであるという風に発揮される。関係が特別であるがゆえに恋人という名称をあてはめる。その間にあるものはふっとばして。

だから、その人にだけ見せる面を用意するというのは恋愛上の基本的な駆け引き。

なんだけれども、七海燈子という人は最初にそれをやってしまうのだ。そして、自分のことは好きにならなくていいという。駆け引きを放棄したようでいて自分の欲求を通してしまう。

 

だから、七海燈子はずるいのだ。

 

6話~9話(変わる燈子と変わりたい侑)

6話から2巻なのだけれど、話の流れは燈子と侑の対比。

1巻で侑が特別である理由を侑に理解させた燈子ぱいせんは侑の”優しさ”につけこんで無邪気に距離を詰めてくる。対する侑は先輩の踏み込みを受け入れつつ変わらないようでいて・・・

この期間の侑の気持ちはなかなか難しい。生徒会の同僚である槙が指摘するように自分のことよりも燈子を心配しているし、それをお人好しだとするモノローグは言い訳っぽくもある。恋愛によせてみればツンデレっぽくもある。

しかしこの時点で侑にとって燈子でなければならないかといわれると、まだそうではない。誰かを特別に思う気持ちに、侑を特別に思って舞い上がってる燈子に、焦がれているけれどもまだ自分には降りてこない。

ここを長くみせてくれることがこの作品のいいところ、恋愛ものとして質の高いところ。傍からみたらもうそれは付き合ってるじゃんというところでも、心情からするとまだそこまでではない。まだ間に横たわるものがある。

 

10話

2巻の終わりである10話は、燈子のキャラの核となる部分が明かされる。

このエピソードを読み終えたときピンときたならば、既刊の6巻まで一気に読めてしまうと思うので、大人買いをしてしまってもいい(そこから先がさらに気になってしまうかもしれないけれど)。

ここまで記事を読んでくれて漫画を未読の人は、10話については上のリンクから先に読んでみてほしい。

 

 

 

 

特別な存在にみえた亡き姉の代わりになろうとする燈子は、自分にみせる素のままでいいという侑の言葉を拒絶する。初めて拒絶を口にした燈子に対して、侑は外面の燈子と素の燈子のどちらも好きにならないと宣言する。燈子を好きになりたいという内心を隠して。

このエピソードで形成された二人の関係性が最新の6巻まで続いて1つの結末を迎えているので、とても重要で、難しい。

 

侑はなぜ燈子を引き留めたのだろうか。

わたしの言うことなら耳を貸してくれると思ってた

先輩はわたしから離れないって

 

先輩と一緒にいられないなら

わたしに誰が好きになれるの

 

きっとわたしも寂しいからだ

侑のモノローグからすると、燈子の「好き」にあてられてるような感じもある。

燈子を好きになりたいから、その気持ちに嘘をついてまで引き留める、これはとってもややこしい。自分の気持ちを封じて相手の特別でいようとする、演じようとする、それはそれで相手に対する強い感情という気もする。これを恋愛感情と呼ぶかどうか。

 

一方の燈子は、侑の「好きになりたい」という内心を知らないまま、そのままでいてほしい好きにならないでほしいという思いをこめて「好き」という。

10話までの侑は素の状態で燈子と接していられたのだけど、燈子の「好き」が好きにならないでという意味を含んでいることを知って、自分に嘘をつくようになる。その結果、燈子の「好き」も徐々にずれていく。

 

相手の求めるものとか社会的に期待される役割を演じるというのも恋愛のひとつの重大な要素。

演技を使い分ける燈子と演技をするようになる侑。

そんな2人の関係は次巻以降、燈子の目標である生徒会演劇とともに語られることとなる。

 

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燈子は日向に、侑は日陰にいる




 

オトメ*ドメイン 感想ー男の娘の身体性

 きっかけ

 

ぱれっとクオリアというメーカーから2016年に発売された18禁女装主人公アダルトゲームについて

公式サイトはこちら

qualia.clearrave.co.jp

 

プロフィール欄の好きなものの項目を見ていただくとわかるとおり私の好みは百合によっておりいわゆる男の娘については慣れ親しんでいるわけではないのだけれど、この動画をみて興味をもったのでプレイしてみた。

 

www.nicovideo.jp

 

この実況されてる方が昔からやってたポケモン実況はちょくちょくみていて、チャンネル開設時の理念みたいなものに少しシンパシーを覚えたため、ひとつ買ってやってみたという次第。

 

 

 

大雑把な感想(ネタバレあり)

このゲームは一言でいえば主人公の湊くん(男の子)が女子高に転校する系の話。

湊は性自認は男でそこに葛藤はないけど、自分が中性的な容貌であることに自覚的で、わりと気合をいれて女装をするタイプ。

 

良かった点
  • 絵がきれい。
  • 主人公である湊の容姿と声がかわいい。人気投票1位になるのもわかる。
  • ヒロインの性格とセックス描写がリンクしている、こだわりを感じる(ボトラー→尿、好奇心旺盛→アナル、中二病→言葉責め

 

賛否わかれそうな点
  • 湊がルートによっては優柔不断だったりクズかったりする。容姿と声がいいからキャラとして流せるところもあればさすがにちょっとというところもあった。人によっては受け付けないかも
  • ヒロインのキャラ付けの濃さ。料理下手といっても限度があるのでは(柚子)
  • 基本的には理事長の風莉がメインヒロイン的な立ち位置にいること。

 

悪かった点
  • セックスシーンでバッグ音声として嬌声が流れ続ける。個人的にはうるさかったし不自然な気がした。
  • 共通ルートで風莉が湊にフェラチオをするシーンがある。話の流れ上意味のない描写ではないのだけど、心情的には風莉ルート以外に力が入らなくなった。
  • セックスシーンの絵で湊の身体が描かれない。

 

総評としては、畑違いで受け付けない部分もあったけど楽しめた作品。

特に風莉ルートは、二人の関係性といい(他ルートと比べてパワーバランスが均衡に近い)、風莉の性別にフラットそうな(湊が男であろうが女であろうがどっちでも気にしなさそうな)性格といい、結構好き。

 

その一方で今回一番話題にしたいのが下線太字の点。

 

美少女ゲームにおける主人公の身体

美少女ゲームの主人公(そして乙女ゲーの主人公も)が感情移入しやすいように無個性であるべきかどうか、というのは長い間議論があるところ。

一方で主人公の身体については、描写しない側のほうが強いように感じる。美少女ゲームのセックスシーンにおいて男性はいわゆる”竿役”となっているわけだ。美少女目的でゲームをやっていて男の体を必要以上に見たくないというのは合理的といえばそう。

しかし、オトメ*ドメインは男の娘を題材としたゲーム。そしてその主人公の湊はヒロインを押しのけて人気投票1位になるくらいの素材、絵も声も作りこまれている、だとすればセックスシーンでもっと全面的に出てもいいはず。というよりそれが期待されているのではないか。

 

それなのにセックスシーンになると一般的なアダルトゲーム同様埋没させられてしまう

 

個人的にこれは作品の最大の長所を破壊する致命的な欠点だと思う。

さらに意外だったのが、他の人が書いてるレビューを見て回ってもこの点を強く取り上げるものがほとんどないこと。ところどころで指摘はあるのだけれど、そんなに強く指摘されている感じではない。

その理由を自分なりに考えてみると、アダルトゲーム、ひいてはテキスト主体のゲームの置かれた現状にあるように思う。

現代人にとってテキスト主体のゲームはハードルが高くなっている。ベッドで寝ながら手軽にいじれるスマホでするには画面が小さすぎて、パソコンを起動しなければならない。でもパソコンをつければそのスペックを生かしたゲームができる。3Dの新しい世界もひろがりつつある。そもそも文字を読むのが億劫。

ゲームを作る側の視点からみても、男の娘の主人公がどれくらいうけるのか作成段階ではわからないから、主人公に力を注いでも売上というリターンがあるかは不透明。購入時点ではエロCGで人物を2人気合を入れて書き込むというのは骨が折れる。そもそも人物2人がはっきり写るという構図の経験値が少ない。業界が斜陽だから冒険をしにくい。

 

それでも、主人公の身体は描写されるべきだった。作品の完成度のためにも、もっと大きくエロ表現というものの将来を考えても。

性器にモザイクをかぶせなければならない性表現規制においては男性は、男性の身体が描かれないとペニスという概念がぼんやりあるだけの竿でしかない。唯一残されたその竿もモザイクのなかでは大きい小さいくらいしか特徴をつけられず、エロゲーにおいては小さいとデメリットしかないから、そこに描写の自由はない。

男はそうあるべきというのもひとつの考え方だけれども、男の娘という特徴をつけるのだったら竿にとどめておく理由はない。男の娘というジャンルにはこういう限界、片方の身体のみが詳細に描かれるを吹き飛ばしてほしいという願望もある。

 

オトメ*ドメインにも一応1枚だけ湊くん受けの絵がある。

視点変更パッチということで、とあるセックスシーンをヒロイン視点の絵と文に切り替えられるという内容。ただ、プレイ内容は変わらないので絵の良さが半分くらしか生かされてない。

ボーナストラック的な立ち位置だと思うので中身について言及を避けるけれども、こういう形式のほうが作品の強みを生かせている気がした。もしもファンディスクが出るとしたら、全シーンにこの機能をつけてほしい(贅沢)。

 

雑なまとめ

不満点のほうが長くなってしまったけど、門外漢がやっても良さを感じられるゲームだったと思う。男の娘に関する身体描写は旧来のアダルトゲームの文脈を引きずっていて過渡期な感じがあるけど、他の人の感想を見る限り2010年代後半の消費者は男の娘の身体についてもうちょっと許容性ができているはず。

アダルトゲーム業界で双方の身体が描かれる流れが盛り上がって、その流れで百合ゲーも生産されるようになってほしい。

 

 

逆(さかさ)感想 凋叶棕

ヒエラルキーを覆そうとする攻撃的な物語たち。しかしそれは、哀れにも・・・・・・

(CD帯文より)

 

RD-soundsという方の主催する凋叶棕という音楽サークルがコミックマーケット94(2018年夏)に発売する予定で、6月8日に発売された「逆」という東方アレンジアルバムについて

 

 

公式ページ

http://www.rd-sounds.com/c94_seal_inside.html

 

 

逆(さかさ)は、「逆転」をテーマにしたコンセプトアルバム。

東方で逆転をテーマにしたキャラといえば鬼人正邪。ということで彼女が大きくフューチャーされている。公式ページurlの「inside」の部分を「outside」に変えると、正邪のためのページに行くことができる。

他にも、C94の発表日である6月8日に発売されたとか、歌詞カードを真ん中から折り返すと本来の曲順になるとか、正邪の曲だけ曲目リストになくてCD帯文裏に記載されているとか、様々な「逆転」要素がちりばめられている。

 

 

 

曲目は

1. Uprising Ideology vo.めらみぽっぷ

 原曲:リバースイデオロギー東方輝針城

2. ノーモア、エニモア?モアーモア?! vo.めらみぽっぷ

 原曲:永遠の巫女(東方靈異伝

3. ヘクセン・タンツは斯くの如くに 

 原曲:魔女達の舞踏会 ~Megus(秋霜玉

4. 至天 vo.めらみぽっぷ/nayuta

 原曲:クレイジーバックダンサーズ(東方天空璋)

5.  revoke 

 原曲:秘神マターラ ~Hidden Star in All Seasons.(東方天空璋)

6. 『異聞』正義の味方 vo.めらみぽっぷ

 原曲:輝く針の小人続 ~Little Princess(東方輝針城

7. 交響詩「魔帝」より Ⅱ.神話幻想 

 原曲:神話幻想 ~ Infinite Being(東方怪綺談

8. アノインシスター vo.めらみぽっぷ

 原曲:ハルトマンの妖怪少女(東方地霊殿

9. Enslaved 

 原曲:古きユアンシェン(東方神霊廟

10.  話九十九節 vo.めらみぽっぷ/nayuta

 原曲:幻想浄瑠璃東方輝針城

11.  Downfalling Ideology vo.めらみぽっぷ

 原曲:リバースイデオロギー東方輝針城

 

 

7つのボーカル曲のうち4つが輝針城からとなっている。全体からみても11曲中7曲が神霊廟以後からきており、新しめの曲が原曲が多い。

新しいモチーフが多いということは、二次創作の文脈の蓄積も少ないということなので、初心者に優しい。

今回はキャッチーに盛り上がるフレーズも多いので、凋叶棕入りたての人にも強くおすすめできる。

もちろん凋叶棕に慣れてる人は必聴。

 

 

1. Uprising Ideology 

「お前がかつて抱いた感情 それがお前の正義だろう!?」

原曲:リバースイデオロギー東方輝針城

 

 逆というアルバムは鬼人正邪のための一枚である。

ライブナンバーっぽく煽り口上が用意されているけど言い慣れてないっぽい感じが演出されていて微笑ましく思えてしまう。

内容的にはトラック6と11と一体であるといえるため、詳細はそちらに譲る。

強調しておきたいのは、正邪の曲部分は公式ページで「かくも哀れな物語達」と位置付けられていること。

 

 

2. ノーモア、エニモア?モアーモア?!

「もしかして空飛ぶのは、堕ちるときの気持ちよさ—―?」

 原曲:永遠の巫女(東方靈異伝

 

原作でも二次創作でも妖怪たちをしばいてる博麗霊夢のイメージ逆転ソング。

被弾して堕ちていく毎日、そんなのもういやだ?それとももっともっと?

後者の意味でとるとドM巫女という姿がみえてきてしまう。墜ちるではなく堕ちるという文字を使ってるのも性癖を感じる。

 

しかし、ファンタジーっぽく聞こえるこの曲は実は弾幕シューターの日常なのである。

ほとんどのシューターは数えきれない被弾の後にクリアに辿り着くのであり、なんど被弾れても「もっと!もっと!」と求めてしまうのは他ならぬシューターたちなのである。

クリアできなくて「これでいいんじゃない?」(やっぱダメかな、ダメよね・・・?)と葛藤するのもシューターたちのしがない現実。そしてなかには完堕ちしてしまう人も・・・?

 

頭が春なようにみえて現実の厳しさを突きつけてくるシビアな一曲なのである。

 

 

3. ヘクセン・タンツは斯くの如くに

原曲:魔女達の舞踏会 ~Megus(秋霜玉

 

西方projectの秋霜玉という作品に魔理沙霊夢とともにゲスト出演したExステージのテーマ曲が原曲。

ヘクセン・タンツは魔女の舞踏会をドイツ語にしたものと思われる。

 

このアレンジはかなり原曲に忠実である。

原曲はそこはかとない魔女っぽさがあるのだけれど、魔理沙本人にはあまりない。だから、原曲に忠実にするほど魔理沙っぽくなくなっていく。

そこが逆転要素の一つなのだと思ったり。

 

 ちなみに凋叶棕楽曲では魔理沙の魔女イメージはマッドパーティー(綴・改)で開拓されている。

 

 

4. 至天

「人の魂の器の弱さよ その為に今 われらがある!」

原曲:クレイジーバックダンサーズ(東方天空璋)

 

クレイジーバックダンサーズは天空璋5面ボスである爾子田里乃と丁礼田舞のボス戦BGMである。

このバックダンサーズである二童子は天空璋のラスボスである摩多羅隠岐奈の部下であり、魔力によって使役されている支配関係がある。バックダンサーズ隠岐奈の魔力によって人間でなくなり、隠岐奈の意のままに踊る存在である。

この二人の設定は結構凄惨にみえて東方では重い設定に入る。

 

この曲はその設定を逆転させて、この二童子が主を選別するような歌詞になっている。

我らがなにもかも捧げるから血も肉も骨も心も魂も失ってもその座にすすみ偉大なるものであれ、と。

これぞまさに信仰の本質というか、人が神になることの恐ろしさが描かれていると思う。風神録星蓮船神霊廟の宗教三部作でなく天空璋からこの内容の曲が出てくるという意味で。

 

音的な感想としては、ツインボーカルの凄まじさが際立っている。自分で歌ったら喉が潰れるんじゃないかという部分があるのだけど、そこで二人の声がピッタリ合っている。

その他の部分は畳みかけるように被せる歌い方なので、その超高音部分が映えるのだ。

あと「さあ さあ さあさあ!!」のひとつずつ声色が違うところもすごく好き。

アルバムの中からクオリティの高さで選ぶならこの一曲になると思う。

 

 

5. Revoke

原曲:秘神マターラ ~Hidden Star in All Seasons.(東方天空璋)

 

前曲を受けての天空璋のラスボスである摩多羅隠岐奈のインスト。

隠岐奈は東方史上初の6面とExボス単独兼任なので、テーマソングも二つある。そのなかでExのテーマである秘神マターラを選んできた意味とは。

Exのほうが隠岐奈の真の姿を表しているということになっている。混沌とした神の姿の集合体、ひとつの確固たる独立の存在でなく。

それは二童子の献身を失えば、取り消し(Revoke)されてしまえば力は失うということだろうか。

しかし一方で、天空璋では隠岐奈は二童子の後継者を探していたのであり、隠岐奈が二人に与えた力を取り消すという意味にもとらえられる。前曲を踏まえるとこの方向も逆転要素がある。

どちらがいいでしょうかね。

 

 

6. 『異聞』正義の味方

「嗚呼、何故!何故かと訊いたのか? 己見下げる影よ。何故“道具”が意義を問う」

原曲:輝く針の小人続 ~Little Princess(東方輝針城

 

この曲は四次創作ともいうべき背景がある。

まず、東方輝針城が大元である。下剋上をたくらむ天邪鬼である鬼人正邪が、小人族の姫である少名針妙丸が嘘の歴史を吹き込んで打ち出の小槌を使わせ、弱者による反逆の異変を起こす。そして、異変が解決されたら針妙丸を見捨てて逃げる。

この輝針城のストーリーをもとにした二次創作、凋叶棕の奉というアルバムにて『 輝針「セイギノミカタ」』という曲がある。騙し騙された関係であるとはいえ、与するもの一人としていないお互いが“正義”の名のもとに手を組んだという面が強調された内容となっている。概ね、騙されてなお自らの“正義”を貫く針妙丸がカッコよくみえる曲となっている。

その三次創作として、幻想物語寄稿集‐金‐という凋叶棕の東方アレンジをテーマにした短編小説集の一作として、「正義の味方」という小説がある。こちらは、正邪は針妙丸が小槌に産み出した“道具”としての存在であり、正邪の讒言もすべて針妙丸が仕組んだものだった。そして、利用された正邪は誰からも顧みられることなく小槌に回収された、という内容である。まさに輝針城のストーリーの逆転。

そして、その小説をもとにした楽曲としてこの曲が存在する。ここまでネタばらししてしまえばこの曲の描くところは明らかであろう。歌詞カード絵も針妙丸が正邪を糸で操っている。正邪の二曲に対する「哀れな物語達」という形容も納得できてしまうところである。

 

輝針「セイギノミカタ」が正統派な二次創作であるのに対して『異聞』正義の味方はラディカルな二次創作になると思う。しかし、ラディカルなほうに“正義の味方”と漢字で命名されているのは逆転みを感じる。

正邪という存在が、予定調和な異変の解決を基本とする東方のなかで異変終了後もなお対立構造があるという点で、イレギュラーな存在であり、それに対する一つの解釈という感覚がある。

いずれにせよ、どちらの曲においても針妙丸はかっこいい。ダークヒーローとしても、むしろそのほうがかっこいい。「何故」と何度問われようと正義は揺らがないのだ。

姫というのは傲慢であればあるほどいい。

 

ちなみに、この曲は作詞とアレンジは小説「正義の味方」の作者であるとものはという方がされていることとなっている。

曲を聴くまではゲスト参加かな?と思ったりもしたけれど、こういう曲をつくれる人は世界にも数人といないだろう。まさに裏で影を引くこの針妙丸像はこの人から産まれたのだとわかる。

 

 

7. 交響詩「魔帝」より Ⅱ.神話幻想

原曲:神話幻想 ~ Infinite Being(東方怪綺談

 

交響詩「魔帝」シリーズは徒というアルバムで「Ⅲ.戴冠式」が出ている。徒は2013年なので5年ぶりにつくられたということになる。

戴冠式のほうの原曲はフクレシュティの人形師であり、アリスの曲だった。そしてⅡのほうの原曲は神話幻想、つまり神綺の曲である。

神綺とアリスといえば魔界の創造主と魔界人である。ただ、戴冠式の原曲がブクレシュティであり今回の神話幻想にもブクレシュティの曲が使われていることを考えると、Win版のアリスが関係していることとなる。

旧作アリスとWin版アリスの関係は謎多き点なので今はそっとしておく。

 

 

8. アノインシスター

「だからダメなんだよ、お姉ちゃんはね。」

原曲:ハルトマンの妖怪少女(東方地霊殿

 

メロンブックスの紹介文によると「ロックでパワフルなアレンジに乗せお届けする」本作であるが、この曲はそのコンセプトから少し離れてるかもしれない。でも刺さる人にはすごく刺さる曲。この曲が一番良かったという人も一定数いそう。

 

「だからダメなんだよ、お姉ちゃんはね。」という1フレーズでこの曲は言い表すことができる。古明地姉妹の厄介な姉妹関係。

「だからwだめなんだよw おねwえwちゃんwはwねwww」というめらみさんの歌い方がとても素晴らしい。

アノインシスターはannoying sisterが自然な読み方だけど、あの陰(キャ)お姉ちゃんがハイセンスだと思う。

 

ころころ調子をかえてさえずりまわるこいしがそれこそ「くるっと回って可愛い」。

姉に対して優越感?嫉妬?執着?いろいろな感情が「狂っと」してて万華鏡のよう。ところどころくるっとブーメランしてるようなのもご愛敬。

だけれど、歌詞カード中の□■の部分を見る限り、こいしの表情も声も心も、もしかしたら存在もさとりは認識できてない(してない)で一切伝わってない。

そこがたまらなく古明地姉妹。

 

厄介な関係が好きな人にはきっと気に入ってもらえると思う曲。

 

 

9. Enslaved

原曲:古きユアンシェン(東方神霊廟

 

こちらは神霊廟の主従、霍青娥宮古芳香の曲。

霍青娥宮古芳香の関係も隠岐奈と二童子と似たエグさがある。ただこちらはキャラ設定txtではなく求聞口授という書籍で明らかにされた。曰く、札を剥がし邪仙の呪縛から解き放たれれば生前の行動原理にもどり呆然と歌を詠んでいるとのこと。

 

Enslavedは奴隷にするとかとりこにするという意味らしい。

青娥と芳香の関係が逆転したと短絡的に解釈してよいかは迷うところだが、ユアンシェンの優雅なメロディにリジットパラダイスっぽい音が入ってきて騒がしくなる構成なのは確か。しかし最終的にはユアンシェンのメロディが勝っているようにもみえる。

 

 

10. 話九十九節

「さあじゃんじゃかべんべけべんべかどんどかどんどかどんどんと」

原曲:幻想浄瑠璃東方輝針城

 

天空璋で二童子が出たせいで存在感が希薄になることが危惧されている九十九姉妹の歌。このアルバムではツインボーカルの重なりを生かすという点で至天と違う方向で味が出ている。

まずこの曲は盛り上がる。楽器の付喪神がテーマだけあって、楽しそうなメロディ。

そして幻想浄瑠璃の最も盛り上がるメロディがサビの裏で流れる。このメロディがあってこその幻想浄瑠璃

さらに自分で歌おうとしても口が回らない擬音語のフレーズたち。これがツインボーカルで綺麗に歌われるのだから盛り上がらないわけがない。

個人的な一押しは「その何もかも未だ聞かず」のnayutaさんの歌い方。このおしゃれ感が指示なのかアドリブなのかわからないけれど、とにかく最高。

 

 

いけいけどんどんな歌詞の中で「私を、鳴らして。」の解釈が難しい。 自ら音を発して演奏できる能力である九十九姉妹がそういう意味。

いつかは、という言葉がついているからには現段階では自分で音を発することができる。だけれども付喪神の反逆の時が終わってしまえば道具に戻る。琵琶も琴も古い時代の楽器だけれども、自ら発する音は新しく、平曲(ふるきうた)をやってさえも魂を湧き立たせる力がある。だから・・・

うーん、「貴方を、鳴らして。」という部分につながらないのでしっくりこない。

頭を空にして聞く曲にみえて実は深い意味があるのかもしれない。

 

 

11. Downfalling Ideology

「抱く思いをいま 形にせずままにして生きるなど」

原曲:リバースイデオロギー東方輝針城

 

最後に再び正邪の曲。

Uprisingのほうもそうだけれど、いわゆるAメロBメロサビが繰り返される構造ではなく様々なメロディが使われていることからもいかにこの二曲に手がかかっているかがわかる。

かくして哀れな結末を迎えた正邪だけれども、終わりとしてのこの曲は悲壮感はなくなおも変わらず世界を煽り続けている感じがする。

針妙丸が正邪を利用して目的を達成してもなお、お前はそれでよいのかと囁く。正邪としての存在は消えてもその下剋上イデオロギーは生き続けて針妙丸と小人族を苦しめ続ける。そして打ち出の小槌の歴史は繰り返される。そんなふうにポジティブに解釈しても許されるのではないだろうか。

 

この曲の一番のお気に入りはこの世は坩堝~からの一連の口上。Uprisingの口上よりも軽快で乗せられてしまいたくなる。

これまでの凋叶棕のパターンだとこういう部分の歌詞はアルバム全体のまとめになっているのだけれど、この曲はあまりそのように感じない(ひょっとしたらまとめになっているのかもしれないけれど)。

なっていないのだとしたら、この部分は正邪のためだけにつくられた歌詞であり、いっそうの哀れがある。

 

奉(ささげ)感想 凋叶棕

東方プレイのお供にこの1枚!

(公式ホームページより)

 

RD-soundsという方の主催する凋叶棕という音楽サークルがコミックマーケット87(2014年冬)に発売した「奉」という東方アレンジアルバムについて

およびこの作品にまつわる東方プロジェクトのゲームの思い出について

 

公式ページ

http://www.rd-sounds.com/C87.html

 

奉は、公式のホームページにあるとおり東方プロジェクトとよばれる同人弾幕シューティングゲームの、音楽やキャラクターのみならずそのゲームそのものを題材にした、二次創作CDとなる。

 

曲目は

1. Insert Coin(s) 

 原曲:テーマ・オブ・イースタンストーリー(幻樂団の歴史5 東方靈異伝 〜 Highly Responsive to Prayers

2. 紅魔「Un-demystified Fantasy」 vo.めらみぽっぷ

 原曲:Demystify Feast(東方萃夢想

    二色蓮花蝶 ~ Red and White(蓬莱伝説)

3. 妖々「全て桜の下に」 vo.Φ串Φ

 原曲:アルティメットトゥルース

    ボーダーオブライフ(東方妖々夢

4. 永夜「Imperishable Challengers」 vo.めらみぽっぷ

 原曲:月見草

    竹取飛翔 ~ Lunatic Princess(東方永夜抄

5.  花映「タマシイノハナ」 vo.めらみぽっぷ

 原曲:魂の花 ~ Another Dream

    花は幻想のままに(東方花映塚

6. 風神 「ブレイブ・ガール」 vo.めらみぽっぷ

 原曲:少女が見た日本の原風景

    信仰は儚き人間の為に東方風神録

7. 地霊 「幻想郷縁起 封ジラレシ妖怪達之頁」 vo.めらみぽっぷ

 原曲:暗闇の風穴(東方地霊殿

8. 星蓮 「ウルワシのベントラー」 vo.めらみぽっぷ

 原曲:春の湊に(東方星蓮船

9. 神霊 「死せる哲学の袂」 vo.Φ串Φ

 原曲:デザイアドライブ

    小さな欲望の星空(東方神霊廟

10.  輝針 「セイギノミカタ」 vo.めらみぽっぷ

 原曲:輝く針の小人族 ~ Little Princess(東方輝針城

11.  「テーマ・オブ・カーテンファイアーシューターズ」 -History 2/3- vo.めらみぽっぷ

 原曲:テーマ・オブ・イースタンストーリー

12.「テーマ・オブ・カーテンファイアーシューターズ」 -History 3/3- vo.めらみぽっぷ

 原曲:テーマ・オブ・イースタンストーリー

 

Windowsバージョンとなってからの紅魔郷から発売当時世に出ていた輝針城までの原作をテーマにした曲をひとつずつ。

はじめとおわりにすべての東方のプレイヤーのための曲という構成になっている。

まさに東方に“奉”げられた一枚。

 

 

1. Insert Coin(s)  

原曲:テーマ・オブ・イースタンストーリー(幻樂団の歴史5 東方靈異伝 〜 Highly Responsive to Prayers

 

ひたすらコインを入れ続ける曲。プレイしたことがある人なら自分が入れたコインの数を覚えているほうが少ないだろう。

いわゆる旧作のサントラ集に収録されている書下ろし曲であり、靈異伝は旧作の1作目であるから、まさしく原点の曲。

曲の前半に、 コイン投入を連打するような場面があるけれど、そういうときは集中力も落ちて抱え落ちをし続けているときなので、おとなしく寝たほうがいいかもしれない。日を改めると案外するっといけたりする・・・という経験談

 

 

2. 紅魔「Un-demystified Fantasy」

「守るべき規則ただ一人背負う」

 原曲:Demystify Feast(東方萃夢想

    二色蓮花蝶 ~ Red and White(蓬莱伝説)

 

この曲は凋叶棕の(現在買い求められるなかでの)2作目の『謡』に収録されているもののリアレンジバージョンである。曲自体は以前からあった、いわば原点の曲。

 

原曲はどちらも紅魔郷からではない。

Demystify Feastは東方萃夢想レミリアが敵として登場するシーンで流れて記憶に残っている(レミリアだけではないけれども)。あと、異変がなかなか解決されない焦燥感がつのって爆発する感じがこの曲のストーリーともマッチしている。

二色蓮花蝶は霊夢の曲という位置づけだろうか、バックにサビのメロディが流れている。

 

紅魔郷をノーマルでクリアするという観点からすると、パチェの4面が最難関であり、ここを余裕をもって通過できる構築ができれば、あとはすべてボムで吹き飛ばしていける。その意味では「知識だけの七曜など歯牙にもかけぬ勢いで」いく必要はない。

この曲の最後のサビは「千本の針の山」「吸血鬼幻想」「紅色幻想郷」といったハード以上の難易度のレミリアのスペカを思わせる歌詞が並んでいる。

とすると、この曲の本当の意味で味わうには紅魔郷のルナティックをクリアすることが必要なのではないかと思う。

紅魔郷のルナで「夜の向こう側へ」へ到達するのは相当選ばれし人でないと難しいけれど、だからこそそこを目指すのが原点といえる。

 

3. 妖々「全て桜の下に」

「生きては見えず。死しても見れず。」

原曲:アルティメットトゥルース

   ボーダーオブライフ(東方妖々夢

 

東方妖々夢の6面からスタッフロールにかけてを妖夢視点でみた曲だと思われる。

妖々夢の異変は大雑把にいえば、西行妖を満開にさせたい幽々子妖夢に春を集めさせたことに端をなす異変で、とうとう満開にはならなかった。だからこそその咎の重い世界は「生きても見えず。死しても見えず」というわけだったのだけれど、この曲はもしかしたら満開になってしまったパラレルワールドを歌っているのかもしれない。妖夢がその正体に気づくほどに。

神霊廟妖夢EDで幽々子が死者の復活方法に興味を示して試す(そして飽きる)という描写があったのだけれど、幽々子はまだ満開にすることを諦めていないのではないだろうか。でも、幽々子ほどの洞察力があれば桜の下にあるものに気づいていそうなものだけれど。それでも、ということなのか。

 

妖々夢のラストバトルからスタッフロールの詩が流れるところ、まさにこの曲が描いている部分が、私が東方をプレイするなかで一番好きなところ。

咲夜のボム数にも助けられて唯一ルナティックをクリアできた作品でもある。

だから、自動的にこのアルバムで一番好きな曲はこの曲。そういう聞き方をするべきアルバムなのだと思う。

 

4. 永夜「Imperishable Challengers」

「さあ元凶を、打ち倒せ!」

原曲:月見草

   竹取飛翔 ~ Lunatic Princess(東方永夜抄

 

この曲はどちらかといえば紅魔路線、原作の流れを映した曲である。

永夜抄といえば人妖が組んだオールスター感のある自機集団。それぞれにあわせた繊細な歌い分けが光るところ。

 

題名の意味するところの不滅の挑戦者たちは二つの意味があると思う。

ひとつは、なんど「一回休み」になろうとも繰り返し永遠に挑戦する主人公たち自機集団、そしてそれを操るプレイヤー。

もうひとつは、蓬莱人として文字通り不滅である輝夜や永琳である。永夜抄自体が永遠亭の面々の月におわする月人への挑戦という意味合いを含んでいる。この曲のラストの「元凶」は、輝夜たち側からすれば明けない夜をつくりだした主人公サイドということにもなる。

だから、この曲のラストはどちらサイドからも読める、それゆえに最高潮のクライマックスになっていると思う。ゲームクリアという観点からすると永夜返しは完全な消化試合だけれども、この曲を尊重するなら明けのスペルを拝むところまで頑張るべきなのだろう。

 

永夜抄はLast Wordにはまり込んだ記憶がある。文花帖がその役割を受け継いでいるような気もするけど、もう一回くらいこういうモードがないかな、と待っていたり。

 

5. 花映「タマシイノハナ」

「その身の罪は、幾許ならん」

原曲:魂の花 ~ Another Dream

   花は幻想のままに東方花映塚

 

東方花映塚から、エンディングとスタッフロールの曲を原曲にした静謐な曲。

花は幻想のままに、は花映塚を聞いた人なら幾度となく聞くことになった曲なはずで、その題名からも音からも語られるものが多いように思う。そして、本曲はそのイメージを歌にしたような印象。

花映塚のストーリーからすると、花に死んだ人間の霊が宿り自分の死に気づいていないか気づきたくないかで、花を咲かせ生きているつもりでいる。この歌詞はそうした名もなき幽霊からみた東方の世界という気がする。たぶん、一番から三番までそれぞれ別の人間から見た世界だと思う。

そして博麗の巫女たる霊夢も人間であるがゆえ、やがては同じ運命を辿る。

花映塚で語られるように霊夢には深すぎる業があっていつかその報いを受けるとしてもただ今は・・・そんなイメージ。

 

東方のなかで花映塚がいちばんエンディングを見る面白さがあって、その一方でエンディングにたどり着くのがめんどくさい。いつまでも落ちない四季映姫の、ふりそそぐ悔悟棒を避け続けた時間は幾許ならん。

エンディングではなんだかんだみんな映姫のお説教を聞き入れているのがいい。個人的には咲夜のエンディングの素敵な主従っぷりが好き。

 

6. 風神「ブレイブ・ガール」

「ここで生きていくという決意を滲ませて」

原曲:少女が見た日本の原風景 
   信仰は儚き人間の為に東方風神録

 

風神録からは早苗ステージの曲を原曲に、東風谷早苗というキャラクターそのものをテーマにした曲。

東方という作品を俯瞰してみたとき、風神録は転換点といえる。powerが4.0になり、1ごとにオプションが増えるという方式になった。そして、東風谷早苗という人間がレイマリに続く自機キャラとして存在感を増していった。

東風谷早苗というキャラは、外の世界から幻想郷へ渡り、外では現人神であったところを幻想郷では人間だと思い知らされるというなかなか重いストーリーを背負っている。その一方で、その後の登場作品(地霊殿星蓮船神霊廟、紺珠伝)と幻想郷に順応して常識離れしてシリアスな背景を感じさせない面もある。非常に幅広い存在。

凋叶棕における早苗の扱いも多種多様にわたるけれども、そのなかでも正統派よりにみえる本曲。歌詞を眺めながら聞くととても懐かしい気分になってくる。

 

風神録はとてもボムが強い。ラストスペル全振りといってよいその難易度は、パターン化の重要性を教えてくれるという意味で初心者向きといわれている。

弾幕自体の難易度はそれなりに高いので2面あたりで油断して抱えてるとクリアが覚束なくなる。時間を空けて久しぶりにプレイすると大体初回は失敗する。基本の大切さを教えてくれる作品。

 

7. 地霊「幻想郷縁起 封ジラレシ妖怪達之頁」

「かくて生延びる術の限り 明日に伝え残さん」

原曲:暗闇の風穴(東方地霊殿

 

地霊殿からは、プレイヤーなら飽きるほど聞いたであろう1面の曲をアレンジ。

稗田阿求が書き残した妖怪記という形で語られるこの曲は、東方地霊殿のゲーム性をそのまま歌にしている。

 

紺珠伝が出るまでは、ノーマルクリアについては地霊殿が最難関というのが多数意見だったように思う。その理由としては、ボムの威力が全体的に弱くて1ボムでは攻撃をとばせないこと、ボムを使うとショットの威力が下がるためごり押しが通じにくいこと、ステージ(特に5面)が長くてパターンを組むことが大変なことがあげられる。

その一方で、ボスの攻撃に対してボムを使おうと被弾しなければ残機の欠片をもらえることになっている。つまり、どんな手段を使おうと生き残ることが正義なのである。

そんなゲームシステムを反映して、この歌も地霊殿の各妖怪の記録を明日へ伝え残すという形式になっている。一歩でも先に進んで先をみて、記憶を記録として栄智にしていくことがプレイヤーとしてかくあるべし姿なのだ。

 

地霊殿は残機が少ないときほど被弾したときに回収できるパワーが多い。したがって、生き残って残機を蓄えさせるシステムとは裏腹に、度々被弾しながら残機の少ない状態でパワーを高く保つというプレイ方法もある。

エクストラなんかでは序盤中盤でうっかり被弾しても意外になんとかなったりするのが地霊殿というゲーム。そういう意味でとても面白いバランスをしていると思う。

 

8. 星蓮「ウルワシのベントラー」

「そうよ あと 少しのところで その 色彩を変えないで」

原曲:春の湊に(東方星蓮船

 

ベントラーシステムは、数ある東方の作品のなかで最も特徴的なシステムである。

赤・青・緑の3色ベントラー(UFO型アイテム)を同色・あるいは全て異色で揃えると巨大がUFOが発生してそれを倒すと各々の景品アイテムがもらえる。敵を倒すことよりもベントラーと巨大UFOに気を取られることも多々。

ベントラーが三つ揃おうとした瞬間に寸前で青に変わる、星蓮船あるある。

ベントラーを揃えるのをミスるとパターンが崩壊する、堅実なパターンづくりと緊急時のアドリブ力の両方が高いレベルで試される罪深きシステムなのである。

この歌は霊夢魔理沙・早苗の三人の自機に合わせてそんなベントラーシステムにフォーカスしている。

レイマリがベントラーに翻弄される歌詞であるのに対して今作から自機となって生き生きして早苗さん、この曲は実質早苗ソングともいえる。

星蓮船をプレイしていると、ベントラーの理不尽さに発狂しそうになることも多いので、これからプレイしようという方は是非この曲の早苗さんのメンタリティを取り入れてほしい。

 

星蓮船発売後の時期から東方を始めたので、個人的に最もプレイ回数が多く思い出深い作品。ベントラーシステムやヘニョリレーザー、ボムが弱すぎる魔理沙B、エクストラの阿鼻叫喚道中など思い出(トラウマ)がいっぱい。

歴代ノーマルのなかで星蓮船のラストスペルが一番難しいと思う。なぜか1機2ボムしかなく被弾すればショットの威力は目減りしボム後の相手の無敵時間が長い、ボムの弾は消えない。ラスペで涙を飲んだことが一度や二度ではない。

 

9. 神霊「死せる哲学の袂」

「惨めかな 何にもなれもせず」

原曲:デザイアドライブ

   小さな欲望の星空(東方神霊廟

 

神霊廟、ゲームの画面がポップになったのとは裏腹にストーリーは玄人好みなものになっている。

聖徳太子をモチーフ(虚構たる聖徳太子をモデルにしているから、一般的に知られている聖徳太子そのものともいえる)にしていて、さらに挑戦的な設定を加えている。キャラも政治・宗教的抗争が絡んでいて胡散臭いを通り越したやべーやつら。

そんな神霊廟に切り込んだこの歌は、一度聞いてもなかなか意味がわからない、聞き込んでも空をつかむよう。このアルバムのなかで最も難解な曲といえる。

 

まず、歌詞カードの絵からもこの曲は豊聡耳神子と神霊を歌っている。歌詞の並びが二つに分かれているが、左側が神子で右側が神霊であろう。そして、音楽的にも左側が通常、右側がトランス。これは神霊廟の、神霊ゲージを貯めてトランス攻撃をする、トランス攻撃中はBGMがトランス仕様になる、というゲームシステムを反映したものである。

神霊は簡単にいえば人の欲望が形になったものであり、モデルの通り十人の話を同時に理解できる神子はその欲望を受け入れ吸収できる。欲望が叶えられるわけではなく、受け容れられたことで消化されるとみるべきだろう。

神霊廟の設定では神子は民衆の統治に殺生を禁じ規律の厳しい仏教を利用する一方、自らは道教の術により不老不死を目論む。裏表を使い分ける為政者なのである。歌詞では神霊を受け容れつつも冷徹な面が垣間見え、底知れぬ恐ろしさがある。

ではこの歌のいう哲学とはなんなのか。神道でも仏教でも道教でもない哲学とは、死せるとは、袂とは。

ここから先は根拠の薄い想像なのだけど、題名の死せる哲学の袂は神子それ自身を表しているのではないだろうか。尸解仙として一度死んでいる。宗教という特定の信仰ではなく、人々の聖人を求める漠然とした欲望により復活する。袂は、跪いて救いを求めるときにつかむ先。

死せる哲学の袂、と文字を並べると仰々しいんだけれども抜け殻というか空白というか、そういうところが虚構たる聖徳太子を思わせなくもない。

 

神霊廟はノーマルクリアという観点からは一番易しいので、キャラ設定の厄介さに反して入門作品としては最適かもしれない。ただ、エクストラはトランスをいいところで使わないと辛くなるので個人的にはやりにくい。

厄介だなんだと連呼してきたけれど、闇深設定の神霊廟キャラが心綺楼等の後続の作品に出てきたときは親しみやすいキャラ付けがされている。ここらへんの塩梅が東方の二次創作の裾野が広がる妙なのかもしれない。

 

10. 輝針「セイギノミカタ」

「そうして繰り返す歴史に背を向けながら」

原曲:輝く針の小人族 ~ Little Princess(東方輝針城

 

輝針城からはラスボスの少名針妙丸、彼女が鬼人正邪と手をとった異変の原因が題材にされている。

原曲のメロディがかなり反映されていて気持ちが高まる旋律、針妙丸のヒーローっぷりが際立つ歌詞。

しかしその一方で小骨が喉にささるような違和感がある歌詞なのも事実。

 

輝針城は、鬼人正邪一寸法師の末裔という設定の少名針妙丸の打ち出の小槌を利用するために、彼女に小人族の偽りの歴史を吹き込み協力関係をもつ、ということが異変の原因である。

掲げられた理想が虚偽の理想であっても弱き者にとっての正義になる、正邪の視点からすると最初から偽りであったのだけれど、この歌の歌詞だと騙されたほうの針妙丸にとっても偽りの理想であっても構わないようなニュアンスに聞こえる。

「与するもの、一人としていない天邪鬼/小人の姫」と正邪と針妙丸は並列されていて、偽りから始まっていても両者の利害は一致している。針妙丸のほうも輝針城に幽閉された現状を打破することを超えて民を支配する立場に返り咲くという野望までをも持っているのかもしれない。そうして叶う前に代償が現れるような大きすぎる願いを抱き、歴史は繰り返される。

王道を往きながらそれをひっくり返すような解釈の余地も忍ばせる、このアルバムのなかで最も凋叶棕らしい歌だと思う。

 

輝針城は咲夜が久しぶりに自機になるということでかなり楽しみにしていた作品だった。そのため咲夜B(妖器なし)の機体性能の弱さ(クリア性能のなさ)っぷりには何度も心が折れた。

輝針城自体は平均的な機体を使えばノーマルもエクストラもそんなに難しいということはないが、咲夜Bだと難易度が跳ね上がる。しかし妖器なしのほうがグッドエンディングの流れなのでなんとしてもエンディングをみたい。というわけで輝針城で一番プレイ回数の多くなり、全作通じても一番印象に残っている機体となった。

 

11. 「テーマ・オブ・カーテンファイアーシューターズ」 -History 2/3-

「僕らは、そうやって、どこまで、行けるだろうか?」

原曲:テーマ・オブ・イースタンストーリー

 

最後は弾幕シューティングプレイヤーのテーマ、ということで、東方のプレイヤーをテーマにした歌となる。初出は東方幻奏響UROBOROS~fANTASIAsPIRALoVERdRIVE~というコンピレーションアルバムで、今回は少しアレンジが変わっている。

 

この歌はやはりプレイしなければわからないし、プレイヤーによって浮かんでくる景色も違ってくるから、取り立てて語ることはない。

ひとつだけ書きたいのは、こうして積み重なる思い出があるということはとても幸福なことで、どこまで行けるか走り続けている間は、次があると思っている間は、その幸せはきっと本当の意味ではわからない。いつかそれが終わってしまったときにわかるのだと思う。だから、その時がきたら幸福な思い出とともにまたこの歌を聞きたい。

 

3/3では小数点作品も含めた弾幕アマノジャクまでの作品が網羅されている。

そのNext Dream、次の夢が紺珠伝という月の夢で、東方史上(難易度的に)類い稀なる悪夢だったのも今となってはいい思い出。

現代作家アーカイヴ 松浦理英子(第13回)感想 2018年2月2日

イベント概要

今年の2月2日にこんなイベントがありました。

new.lib.u-tokyo.ac.jp

 

松浦理英子という作家は、一般人に参加できる催しになかなか現れない。

貴重な機会ということで行ってきました。

公式で書き起こしとか上がるかなーと思ってたんですが、そういうこともなさそうな雰囲気なので備忘録を。

3が月前の記憶とメモ書きからの復元なので箇条書き程度です。

イベントの流れは、3作品の解説(インタビュアーとのやり取り)→朗読→サイン会という感じでした。

 

ナチュラル・ウーマン

  • タイトルをつけあぐねた。読者アンケートでも「タイトルがださい」とだけ書いてある意見をもらった(笑)
  • いまタイトルをつけるならAaliyahの「More Than A Woman」からとる。
  • 人と人が関わりを持つなかで生じる攻撃性を描きたかった。
  • 便宜上女という言葉を使っただけ。
  • 容子は徹底的に受け身であることで相手を変化させる。受容することの強さがサドのプライドを損ねる。相手をコントロールするのとは異なる支配性をもつ。
  • (インタビュアーの言葉に対して)花世をバイセクシャルとする規定には疑問がある。
  • 当初は三部作にするつもりはなかった。「一番長い午後」を書いてから、そこに至る道程も書く必要があると思った。
  • 単行本にする際に時間軸通りに配置したほうがいいのではという提案もあったが、物語性への抵抗やシャッフルすることの効果性を考えて掲載順にした。

犬身

  • シリアスなSFではなく、”下らない”といわれるような作品にしようと思った。
  • 人と犬の関係から、性愛から離れて皮膚感覚的な部分を描きたかった。
  • (魂と身体の二元論を意識しているかという問いに対して)二元論的には分けていない。魂と外部との境目が皮膚である。
  • 犬はただそこにいればいい存在であるため、飼い主の抱えている問題には無力。
  • (最愛の子どもと絡めて家族というものにテーマを移しているのかという質問に対して)家族というのは素材にすぎず、小説をかくときの一番大事な部分ではない。目的ではなく、力をこめてかいているわけではない。
  • (エピローグについて)終わる物語への抵抗としての円環構造。アーバンミュージックがルーツ。

最愛の子ども

  • 「裏ヴァージョン」のトリスティーンから着想していて、一人称複数の共同体としての視点から描いている。
  • 高校生という極めて限定された世界でのみ成立する人称。
  • 女子高校生というのは世の中でみじめな存在で、一時的にでもパワーをもたせるのが言葉や物語。
  • 40歳をすぎるくらいまで攻めの気持ちはわかっていなかった。日夏の内面についてもあまりわかってないかもしれない。
  • 現代の女子高生を研究するためにAKBINGO!をみた。意外と変わらないと思った。

イベント全般の感想

 作品の解説も新しい情報が多くてよかったけれども、なんといってもご本人の生朗読! 事前にそういうことをやると知らなかったので動揺で手が震えましたね。

 ちなみに読んだ箇所は「最愛の子ども」の日夏と空穂がキスをするシーン。本人的にも自信があるシーンということで。読み方の調子としては、空穂のセリフにすごく力を入れているように感じました。

 あとファンとして味わい深い情報は、花世がバイセクシャルと規定されることに疑問を呈したこと。本人的には花世について具体的な像があるのだろうかということを想像してしまう。それと、攻めの気持ちがわからないということころ。ということは・・・

 「最愛の子ども」は「裏ヴァージョン」のトリスティーンが一人称複数の視点になっているということは言われなければわからなかった。言われて読み返してみると文体が似ているように感じる。裏ヴァージョンでもっとも自伝的な要素を含んでいるようにみえるANONYMOUSでは「親が二人とも女であるジェンダーレスな家族を扱った小説なら書いてみてもいいかも知れない」という一節があり、物語のアイデアはここからきている。この部分はトリスティーンがグラディスとラウラの関係を疑うところを不仲な良心に仲良くなってほしいと望んでいる子どもになぞらえる解釈をうけている。そういう意味でトリスティーンは「最愛の子ども」の二重のモチーフである。そんなことを考えてトリスティーンを読み返すと、空穂たちの未来の可能性のひとつとして描かれているように思えて、味わい深い。

 今回のイベントでもサインがもらえました。ナチュラル・ウーマンの表紙裏に、以前もらったサインの隣にかいていただきました。明らかにサインなれしていないこの署名が愛おしいと同時に、こんな俗なことをさせてしまっているという罪悪感もあるけれども、うれしい。

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ナチュラル・ウーマン(松浦理英子著) 感想

「最高に素晴らしい恋愛をしていたはずなのに」

概要

松浦理英子著「ナチュラル・ウーマン」は、1987年に出版された。

現在は河出書房新社から新装版として文庫本が出ている。

本作品は三つの短編から成っており、「いちばん長い午後」「微熱休暇」、そして表題作の「ナチュラル・ウーマン」である。三つの短編は容子という人物を主人公としている点が共通している。ただし、時系列はナチュラル・ウーマン→いちばん長い午後→微熱休暇となっている。

 

ナチュラル・ウーマンは、おそらく多くの人が作者の最高傑作とあげるだろう作品だし、ファンである私もそう思う。

一般的にいえば、松浦理英子という作家は性器結合主義を批判するという立場の人であり、ナチュラル・ウーマンという作品は男女間の性器を結合する形の関係の絶対性を否定するための、女性同士の性器を用いない性行為を伴った関係を描いた作品である。

この作品は恋愛というもの自体を否定するところまで先鋭的でない。男女間の、いわゆるセックスを伴う関係でなくとも恋愛関係が成立するという話になる。そして、普通の恋愛小説として読んでも自然に、ナチュラルに読めるという部分、恋愛描写が完成されていることこそが、私が思うこの作品の傑作性なのである。

2018年現在では恋愛という形をとらないという主題はそれほど真新しさはないかもしれないし、作者としても恋愛については30年以上前に書いたこの作品で語りつくしているためそれを直接的な主題とすることはないだろう。

だからこそ、この作品の洗練された無駄のなさがとても眩しくみえる。

 

一番長い午後

「あなた相手に暴君を気取ってみたくもなるわよ。ところが罠なのね。」

ナチュラル・ウーマン」全体において一番高いウェイトを占める関係性は、主人公容子と花世の関係である。一番長い午後は、その花世と別れた後にスチュワーデス勤めの夕記子との肉体寄りの関係の話となる。

 

容子と夕記子の関係は、夕記子が支配者に立つ、支配被支配がはっきりした関係にみえる。物語は夕記子が生理の経血で汚したシーツを容子が洗うところからはじまるし、そうしている間も結構厳しい言葉が投げかけれられる。

この本を最後まで読んでからもう一度一番長い午後を読むと、このエピソードは容子という人物の描写を補完するために存在するのだと気づく。

夕記子は、「あなたは人に奉仕しているというスタイルに昂奮するんでしょう」「自分を何だと思っているの?無垢な仔犬だとでも思っているの?」「知ってたのよ、あなたが私を見下していて、少しも好きじゃないということは」という具合に容子を語る。多少バイアスがかかっていたとしても、これが真実を含むというのが二週目にはわかる。

夕記子が容子とどうなりたいのか、というのは作中では語られることはない。恋愛したことがないししたいと思ったこともないという夕記子の言い分を信じるなら、別の人に恋愛感情をもっている容子に、その眩しさに苛立ちを覚えるという心情なのだろうか。

 

容子は夕記子とのプレイにおいて、元カノの花世との思い出である肛門を使った行為をすることで、次の由梨子との関係に進んでいく。

読み返せば読み返すほど、最後の2ページくらいの夕記子の心情がやるせなく思える。恋をしていれば二人でもっと沢山のことを愉しめただろう、という容子の独白も。

 

微熱休暇

「わかったわ。あなたはインポよ。」

微熱休暇は、夕記子との関係がおそらくひと段落したあとに、容子が想いをよせている由梨子と旅行に行く話である。

由梨子と肉体関係が生じるかもしれないという段階で、思い出すのは花世とのことであり夕記子との関係についてはあまり言及されないのがまたなんとも。

仕事でえろ漫画を描く、エロ漫画先生の容子が肉体関係をもつのに中学生男子のようなうろたえをみせる様子はなかなか面白いし、セックス直前の恋愛感情が暴発しような描写も読んでて新鮮な気持ちになる。

「あんまり好きだとできないものなのよ。」という容子のセリフは、これまでの恋愛遍歴から出たものでもあるし、恋愛関係における性行為というものを読者に問うものでもある。

時代的にはそろそろあやしくなっているが、男女関係においては恋愛と性行為と結婚はある程度強い連結性があり、セックスはある程度の年齢になったらするものだと思ってたというように描く古典も多い。ここで同性関係というのが生きてきて、性行為が必要なのか、そもそも性行為はなんなのかという問いかけがひきたつのだ。

物語的には新しい関係の可能性を示して終わる。雰囲気的には今後性行為について快感の経験がある容子とそんなに否定的でない由梨子ならするに決まってるでしょと思ってしまうけれども、するにせよしないにせよしてから考えるにせよ、一歩立ち止まることに大きな意味がある。

 

 

ナチュラル・ウーマン

「あなたにしか感動しない。」

最後に、容子と花世の関係が語られる。

見るからに両想い、体の相性もいい、そんな最高に素晴らしい恋愛はどうして終わってしまったのか。それをはっきり解説している感想は私はまだ見たことがない。

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表題のナチュラル・ウーマンはこの歌がモチーフとなっている。「私、あなたを抱きしめた時、生まれて初めて自分が女だと感じたの。」と花世は語る。

ここが二人の大きな違いで、容子はたまたま女に生まれてついでに女をやっているだけという考え方だが、花世は自分の性別への執着がある。男性経験のある自らの膣を容子に触らせない、性器を触り合う性行為を男と女ごっことするなど、性別から生じている社会規範を意識する。

「あなたは空を飛びかねないほど自由で、私は愚鈍に地べたを這いずり回っていて。」と別れ際に花世がいうセリフはこのことを示している。

しかし、この違いは大きな違いであれど決定的な理由ではないのではないか。肛門での性行為という自分たちに適った行為形式を発見したのに、性別観の違いだけで駄目になってしまうのか。

 

口に出してしまうと陳腐だけれど、それは結局容子の自覚していないパーソナリティにある。

一番長い午後で夕記子がいうように、容子という人は可愛く人をひきつけ、暴君を気取ってみたくなるが、結局自分が踊らされているということを無自覚にできるのだ。

それは花世との関係で、「私が百回好きだと繰り返したって、あなたは信じないんでしょう?」「信じなきゃだめなの?」というやり取りや、何度苦痛な目にあわされても花世に寄っていき受け入れてしまう性行為描写にあらわれている。

おそらく、容子は鏡のようなもので花世は容子をみることによって自分を定義することができたのだと思う。しかし、あなたにしか感動しない、というくらい花世に入れ込んでいる容子は花世になにをされても肯定をしてしまう。その全肯定は、ある面では容子の愛情であるがある面では欲望の押し付けである。だから夕記子は「あなたが優しいなんて思わない」と言い花世は「あなたに好かれたってしょうがない」と言う。

しかし一方で、花世も容子の問う本当のセックスとか本当の好きというものに対する回答をもたない。実際にこうすれば良かったというのはたぶんなく、剥き出しの個性が性行為を通じてぶつかり、強烈な光を放って磨耗した結果なのだ。

 

私は16歳のときはじめてこの小説を読んだけれども、容子にかなり感情移入をして読んだためどうしてこの恋愛は終わってしまったのだろうというのがわからなかった。

歳を経て、実際に容子の花世へむけたような感情をむけられたらしんどいだろうなというのはわかるようになってしまったが、それでもこの世のどこかにはこういう恋愛が危ういバランスを保ちながら成立していてほしいと思う。

容子のパーソナリティについて色々書いてきたが、彼女がナチュラルウーマンの前半の、花世との関係が成就していくときの輝きは、自分にはそういう感情があまりないことがわかった今だからこそ尊くみえる。

たとえそれが重くて耐えられないエゴの塊であったとしても、それこそが人間の感情の極みであるし、恋愛の醍醐味なのだから。