四半世記

感想文ページ(ネタバレあり)

ワンダリア(+タビノウタ)感想 Feuille-Morte

ー歌おう、あなたの存在する意味!

(CD帯文より)

 

RD-soundsという方の主催するFeuille-Morteという音楽サークルがコミックマーケット93で発売した「ワンダリア」というオリジナル・ファンタジー・アルバムについて

 

公式ページ

www.feuille-morte.com

 

ワンダリアは公式ページの絵でいうと左の制服姿の女の子(一ノ瀬朔実)が右のファンタジックな女の子(シューニャ)から色々な旅人の旅の軌跡、人生の物語の歌をきくという形式になっている。

曲目は

1. 自由落下[私の歌] vo.nayuta

2. 沈む舵輪のロンド[じゆうのうた] vo.めらみぽっぷ

3. 愛の旋律[しるべのうた] vo.Φ串Φ

4. 確かなるものの為に[ちかいのうた] vo.中惠光城/めらみぽっぷ

5. Exception()[いのちのうた] vo.めらみぽっぷ

6. 生贄の少女[ひかりのうた] vo.めらみぽっぷ

7. ずっと遠い世界から[二人の歌] vo.nayuta

8. [別れの歌/わかれのうた]ワンダリア[出会いの歌] vo.nayuta/めらみぽっぷ

 

[]内にひらがなのみの題と漢字も混ざった題がある。

これは、シューニャが歌ってるのがひらがなのみ、一ノ瀬朔実が歌ってるのが漢字混ざりとなっている。シューニャは世界を知らずに死んだ設定なのでひらがなだけなのでしょう。

 

 

1. 自由落下[私の歌] 

「私の命は私のもの」

 

アルバムの主人公の一人、一ノ瀬朔実の歌。

この女子高生(推定)はおそらく誰かのために自分の命を投げ出して死んだということなのだろう。そして死んだ先の世界でシューニャと出会い、このアルバムの物語がはじまる。

 

冷めた見方をすれば、自分の生きている世界に合わずに生き急いでいるということもできる。

でも、自分の命をどう使うかは究極的には自分の自由、これがこの物語のテーマ。その高らかなテーマにふさわしく明るく、空のようにひろがる曲調が聞いていて爽快。

 

 

2. 沈む舵輪のロンド[じゆうのうた]

「私こそ知っている 自由の価値を知っている」

 

「じゃあきかせてあげるよ、みんなのうた」とシューニャが返してはじめに歌うのは海賊グレース・ボニーの歌。朔実と同じく自分の命で他人を救い自分のために使った歌。

昔語り風のメロディがとても好き。オリジナルファンタジーの真骨頂ともいえる。

RD卿の作品でいえば『遙』の「伝説のユグドラシル」と似ていると思った。

 

「人未満の運命」という部分がはっきりとは語られていないが、この海賊は人々の噂のように政に追われた姫君なのだろうか。そして生き別れの弟に似た男を助けて自分は死んだと。

生まれは選べず自由でない運命を背負っていても、自由のその先の結果が無駄死にだといわれようとも、自分の命を自由に使って死ぬという選択、その過程こそが重要と。

 

完全に肯定はできなくてもこうして歌で聞くと引力がある。

 

 

 

3. 愛の旋律[しるべのうた]

「真の、偽愛の旋律」

 

このアルバムにあっては異色の、場末のスナックを感じる曲調の問題作。その一昔以上前の恋愛ソング風の雰囲気とアンマッチな内容の歌詞が目を引く。

 

芸術を産み出すには愛が必要、という芸術家は過去にたくさんいて、そして芸術は愛を題材をしたものが多いのも事実。しかし・・・

私が思うにこの歌には二つの見方がある。

愛の旋律を知るために偽りの愛へ身を任せるこの女の子の旋律への愛こそがただひとつ真のものであるという見方。

あるいは、愛というよるべにするには不確かな思いを身をもって体感することで自らの旋律への思いも不確かなものへとなっていって、愛の旋律を得るという見方。

後者のほうがひねくれているけれども、この曲が全体としてどこか不安定なことを思うと、どこか否定したい後者の見方も捨てがたいように感じる。

 

 

4. 確かなものの為に[ちかいのうた]

「広い世界のどこでさえ。敵だらけ。」

 

前トラックの愛の旋律とは正反対に、確かなものを求めるテロリスト姉妹の歌。シューニャ一押しソングでもある。

敵に追い詰められてなお姉であるジュリエットを売らないリラ、彼女の姉への誓いがただひとつこの世で確かなものである。疾走感のある曲調と畳みかけるようなデュエットが耳に心地よい。

ただ、このアルバムだと自分で運命を決められていない分救いのない歌なのかもしれない。だからこそシューニャはこの歌を推しているのかもね。

 

 

5. Exception()[いのちのうた]

「あなたの傍に。その全てを裏切る例外処理です」

 

このアルバムで一曲挙げるとするならばこれ。世界観に震える。

デイジーという科学者に創られた人工知能が命というエゴの器をもつ歌。

 

デイジーという名前はDaisy Bellという19世紀につくられた歌がモチーフになっている。実際、この曲から以下の部分が引用されている。

Daisy, Daisy, give me your answer do.  I'm half crazy, all for the love of you」

この曲は、1961年にコンピューターが初めて歌った曲としても有名である。

www.youtube.com

映画「2001年宇宙の旅」でもHAL 9000が機能停止させられる断末魔として上の引用した部分を口ずさむ。そういった意味でコンピューターにとって象徴的な歌なのだ。

 

この曲は、ある意味では2001年宇宙の旅と同様に人工知能の反逆がテーマといえる。

解釈としては意見が分かれるところだと思うけれども、私は、自分の創った人工知能と宇宙船で宇宙に逃げた科学者が、人工知能によって一人母星に帰されて、人工知能は一人その機能を停止する、という曲だと考えている。

人工知能は不死だから、デイジーが死んだあとも処理に従うなら残りつづける。それが耐えられないと。

この解釈だと別に一緒に逃げてデイジーが死んだら自ら機能停止すればいいんじゃない?って感じもするからどこかずれているかもしれないけど。

 

題名の()部分はおそらく自らに生じたこころをあらわしている。歌詞のなかの[param_definition]部分で怒りや涙や悲しみはrage tears griefと言語にされているけどこころはundefinedとされているから。

一人生き残ってしまうのはつらい。そのつらさがわかるからこそ、わかってなお相手を一人残すというのはなんともエゴな感じがあり、まさしく愛だと思う。

I'm half crazy, all for the love of you という引用句のとおりに。

 

 

6. 生贄の少女[ひかりのうた] 

「いのちがもつ意味を知りたいです!」

 

朔実のリクエストによりシューニャ自身の歌について。前作の「タビノウタ」から謎だった彼女の素性が明かされる。

前半部分はシューニャのアルバム中最も悲惨な、しかし歴史上はそれなりにあっただろう人生。ちょっと違うけどなんとなくドナドナを思い出してしまった。

後半の明るい調子がシューニャの本来の性格で、生前は一度もそれが発揮されなかったのだとしたら悲しいを通り越してしまう。彼女は生前なにも知らなかったからひかりしか見えなかったのだろうか。その後の自分と同じように場所をくれた存在はどんな人だったのだろうか、それは永遠に欠けたままに。

 

 

7. ずっと遠い世界から[二人の歌]

「だれかを助けて、それが、自分の人生の全てになってしまっても。」

 

朔実のもうひとつの歌。亜実と朔実の歌。

 この歌が一番難しい歌だと思う。

このアルバムを全部聴くと「ずっと遠くまで行ってしま」ったのは朔実のほうじゃないかとか、「あんなに、つらそうにしていたのが、うそみたいに」とか「なにもかも、わるいゆめのように、おもえるから」というならつぐみは死んでしまったのではないかとか。

いもうとをたすけてくださいと願って朔実が代わりになったのならなぜ女子高生姿なのかとか。

直感的にいうと、右側の歌詞は朔実から亜実への形式をとっているのだけど逆もまたこういう語り掛けになるんじゃないかと思う。

だからこそ、二人の歌という副題。

 

 

8. [別れの歌/わかれのうた]ワンダリア[出会いの歌]

「たったいちどきりしかいえない―さよならの言葉を。」

 

シューニャから朔実が役目をひきつぐ歌。別れは二人でしたから漢字とひらがな表記、その後の新たな旅人との出会いは朔実が一人でするから漢字だけ。

このアルバムで語られる死生観だと、輪廻転生とは少し違って想いが尽きるまで旅は終わらない、死さえも過程でしかなく空を往き続ける、想いが尽きたときが空を往くときの終わりということになる。なかなかハードな世界。

CDを取り出した面に最後の歌詞がのっていて、朔実の再会と、タビノウタとの関係が示される。

 

タビノウタはC92で発売されたミニアルバム、ワンダリアの前作である。

http://www.feuille-morte.com/tabinouta.html

であいのうたは旅人と出会ったシューニャの歌。この作者の歌のなかでのトップクラスの、単体で聞くならばよっぽど意地悪な深読みをしない限りは明るい歌。なつかしのカントリーソングのような。旅を続けるならどこへでも行ける、それは希望でありある意味では呪いのようなものでもある。

旅路は短いインスト。前曲のにぎやかな明るさとうってかわって静かできれいな曲。

わかれのうたは死んでるけど臨死体験というか。交通事故(?)で死ぬまでを歌って旅を終えまた旅は続く。底まできてまた空へ戻っていく、朔実とは違う旅人の歌。「きみはすべてを忘れてしまうと思うのだけれど」「そのうたをわたしはきっと忘れないよ」というのがワンダリアを聞いてシューニャのキャラをふまえるとさらにいい。

「もう二度とここへ来ないようにね」というのはどういう意味だろうか。想いを残して死ぬなということか、シューニャの無邪気さゆえの死ぬななのか。

 

 

おすすめポイント

ワンダリアのなかで、単曲としていちばんなのはException()、メロディとしては沈む舵輪のロンド、フレーズはワンダリアの「たったいちどきりしかいえない―さよならの言葉を。」という部分。

公式のクロスフェードだと54秒~1分35秒を聞いてみてほしい。未購入でここまで読む人がいるかわからないけれど。

 

ちなみに作者本人によれば

 

 

 とのことでした。